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December 31, 2010

よいお年を! 2010年

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おかげさまで、最終日までしっかり仕事をし、忘年パーティでの演奏もまずまずにおわり、年賀状も出し、机上を浄め、大晦日。

これから大寒波のなか、家族四人で帰省して、施設のおばあちゃんに家で年越させる大プロジェクト。

お世話になったみなさんと、生きとし生けるものすべてに感謝を込めて。

良いお年を!

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December 26, 2010

クリスマス周辺のこと

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12月20日(月)
法務省訪問 1
来客 2 8年越しの債務整理案件に決着がつく

21日(火)
週末の韓国旅行の疲れが、時間差で出る。
歳とると、筋肉痛と同じで、翌日にはでないんだということを痛感。。。
午前中、よろよろして
13時 第二東京弁護士会でF先生
15時 T社のOさん
17時 ご迷惑をおかけしてしまったSさん
19時 忘年会バンド練習 疲労のためもたないかと思ったが発散になる

22日(水)
11時 期日 1
15時30分 Sさんご一家
17時 H社の件 所内打ち合わせ

23日(木)
みさきへ

24日(金)
妻の両親と妹が来る
息子と友人のドッピーも来る

25日(土)
妻の弟家族7名も来

26日(日)
練習続く
早朝からひとり練習
11時から3人で練習
本番まであと3日足らずなのに、息子がちゃんと演奏していないので怒る
午後2時、現地を発って帰京

台所仕事が続いて手がすっかり荒れてしまった。
料理自体はまったくストレスがない、というか、むしろ発散だが
あちこちがひび割れ(かけ)てしまうのがつらい

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December 21, 2010

初めてなのに懐かしい 近くて遠い国

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17日(金)から19日(日)
古い知人の木村さんが韓国勤務となり訪問
昔、司馬遼太郎さんの『街道を行く 韓の国紀行』、関川夏央さんの『ソウルの練習問題』などを読み、いつかは行こうと思いながら、なかなか行けなかった国
和田春樹さんの『これだけは知っておきたい日本と朝鮮の100年史』を読みつつ機中の人となる
第二次大戦が終わるまで日本が占領していて、姿形もそっくりなのに
まったく何も読めない
木村さんは、キム・ラといわれるほど韓国語がうまいので
最初から最後まであんこのつまった鯛焼きみたいな3日を過ごすことができたが
そうでなければポート・モレスビーの街角に立ち尽くす以上に途方にくれたことだろう
食べ物にせよ生活様式にせよ
どこよりも近いのにどこよりも遠い
揺さぶられる3日間だった

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December 16, 2010

走る日々

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13日(月)
所内ミーティング1
外部ミーティング4

14日(火)
パートナー会議1
司法修習委員会1
某社訪問1
Oさんの不起訴を祝う会 1

15日(水)
某社へ 荷物引き取りに1
依頼者とミーティング 1
期日1
銀行突撃1
練習1

16日(木)
依頼者とミーティング3
期日1
判決1
そのほか重要な電話交渉が続く
このご時世に、なんとか仕事があるのはありがたいことだが
とにかくせわしない
帰宅するとHさんからのお心遣いが3本の瓶になって到来していた
うれしくて全部開けて順に味見させていただく

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December 12, 2010

表現にあふれでる内面

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12月10日(金)
10時来客 こちらはよい方向に進んでいる件
11時来客 これから大変な件
12時30分 おなじく
13時30分 敵陣に乗り込んで1時間以上にわたりあれこれ
15時30分 再び戻ってまとめの会議
16時30分 弁護士会館でこちらも重い交渉
18時30分 娘の誕生日の会食 祖父母 我が家の4人 妻の妹

11日(土)
みさきへ
忘年会バンドのひとり練習 だいぶ格好がついてきた
夜、映画を二本 
『スイング・ガールズ』
『クラッシュ』

『スイング・ガールズ』は、アフター・ビートの発祥に関わる物語であった
『クラッシュ』は、LAの銃と人種差別に関するドラマ きついテーマだ

12日(日)
朝の日射しの中をメイと散歩
ずいぶん沢山あるいた
台所をきれいにして
お風呂に入ってお昼過ぎに帰る

『ナイロビ戦記』に対する管君の批評
トラブル・バトルに関する部分は、心中お察し申し上げるが、しかし,予想の範囲である。
しかし、マサイマラやナイロビの描写は、予想を超える部分がある。たとえば「午後には午後の動物がいる。」こういうところはいい。
人物の描写で、可愛い副操縦士とエチオピア人の素敵な女性、というところだけ、他の描写とちがう。書き手のジェンダーが現れている。

「書き手のジェンダー」が現れている、というのは気を遣ってくれた表現で「いやらしいおぢさんの視線」ってことですよね(笑)
 むかし、写真教室でも似たようなこといわれたなあ。

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December 10, 2010

ナイロビ戦記

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(読み書きクラブ 第2回の例会に提出した原稿です)

 ケニアは最高だった。
 マサイマラの草原で、あらゆる動物を見た。シマウマ。キリン。象。サイ。ヌー。バッファロー。チータ。ハイエナ。カバ。もちろんライオン。などなど。
 ヌーは数が多すぎて昆虫の群れに見えた。東京の通勤電車も思い出したな。ライオンはいつも寝ていた。象が家族で歩いているのは神々しかった。
 毎朝5時に起きてロッジを発つ。運転手のジェフリーが、赤土のでこぼこ道を運転しながら、トランシーバーでやりとりして、動物たちのいるところへ連れて行ってくれる。
 日が昇る頃には保護区の草原に着く。動物たちは、私たちの乗ったランドクルーザーに無頓着だ。好意も敵意も見せない。攻撃しないから逃げませんけど、餌をくれないから相手もしません。
 日差しが強くなる10時過ぎに,いったん帰路に着く。ロッジに戻ったら昼食だ。思いのほかおいしい。野菜もたっぷりある。象のラベルのビールを飲む。 
 昼食後は、持参した本を読んだり、ライブラリーから抜き出した写真集を眺めたり、昼寝をしたりして過ごす。
 14時半頃、また出発だ。午後には午後の動物がいる。お目当てが見つかることもある。見つからないこともある。どっちでもいい。天井の覆いをはずしたランドクルーザーの座席の上に立って、乾いた風を受けながら草原と雲と空を見ているうちに、太陽は沈み始め、夕焼けを見ながら帰路に着く。 
 シャワーを浴びてから、南アフリカ産のワインを飲みながら夕食を取る。現地の人のショーがある日もある。
 部屋に戻ると、懐かしい、昔ながらの湯たんぽが、ベッドに用意してある。部屋にはテレビもラジオもない。わずかな灯りの中で、足をほっこりと温めながら本の続きを読んでいると、いつのまにか眠ってしまう。
 そんな繰り返しに、マサイ族の村を訪ねたり、気球に乗ったりするのをアクセントにして、休暇はまたたく間に過ぎた。
 帰ったら、みんなにケニアを勧めようと思っていた。暑くて、あんまり清潔でないところだと思っているでしょ。ちがうんだよ。空気はさらさらしていて、東京の夏より、よほど過ごしやすいんだ。ジャングル大帝を読んで育ったなら、絶対に行くべきだよ。そんなことを考えながら、草原の滑走路で、迎えの飛行機を待った。
 中国の人たちが、日よけのための吹き抜けの小さな建物を占領し、大声で話しながら、煙草を吸うので、それ以外の人たちは炎天下に数十分立つことになった。新しい客を迎えるために飛行機を待っているケニア人のボーイたちに「中国人はうるさいし、煙草吸い過ぎだ」というと、みんな手をたたいて笑った。
 12人乗りのおもちゃみたいな飛行機がやってきた。白人の男性操縦士と若くて可愛い黒人女性の副操縦士のすぐ後ろに乗り込むと、飛行機はすぐに飛び立った。40分ほど揺られてお昼前にナイロビに着いた。
 ナイロビは剣呑な街だという。ガイドブックによれば、昼間でも外出してはいけない。どうしても出歩くなら、ぼられてもタクシーを使え。出かけるときは、必ず複数人で、手ぶらで行け。かなりの頻度で強盗にあうが、その場合は一切抵抗するな、などとある。
 日本の私立大学で日本語を学んだというガイドが、昼食と、キリンだけがいる動物園、土産物屋とスーパーマーケットへ連れて行ってくれ。その後、ガイドは我々を郊外のジョモケニアッタ国際空港の荷物検査場まで連れて行ってくれて、そこで別れた。
 バンコクに向けて発つはずの我々の飛行機の出発予定時刻は21時30分。出発までは、4時間はあるけれど、早めにチェックインしておくに越したことはない。カウンターに航空券を差し出すと、後にクリスティンという名であることが判明した女性は、気だるそうに作業をしていたが、ふいにキーボード横のくちゃくちゃのハンケチを手にとると、鼻をかみつつ何処かへ消えてしまった。
 20分ほども待たされたであろうか。帰ってくると、いきなり告げられた。「定員以上の予約を受けたので今日の便には乗れません。明日の同じ便なら乗れます。どうしますか。」ケニア訛りでいちじるしく聞き取りにくい。さんざん待たせたこと、オーバーブックしたことに何の謝罪もない。こちらの困惑には無関心で、マサイマラの動物たちみたいだ。
 私は、その後、数時間に渡って日本語訛りの英語で抗議と交渉を続けた。過剰予約が事実なら致しかたない。しからば、いかなる基準によって搭乗の優先順位を決定しているのか。先着順ではないのか。すでにチェックインを済ませている者は何名か。既に定員に達しているのか。いないとすれば、何ゆえ、先着した私どもが優先されないのか。再び問う。優先順位決定の基準を明らかにせよ。あなたに判断する権限がないのであれば、権限を有する方を連れてこられたい。私どもに座る場所を提供せよ。床に座って待つことはできない。
 旅行中、各所でニイハオと挨拶されて、私は愛国的自尊心を損なわれていたのかもしれない。時に怒号し、カウンターを叩き、上長の執務場所に侵入し、私は戦った。
 しかし、負けた。
 結局、彼らに何の確約もさせることができないまま、私たちの乗るはずの便は発った。
得たのは、当日の宿泊場所、補償金一人あたり300米ドル、翌日の搭乗券だけであった。明日のバンコクからの乗継便は手配したんだろうな、と問うと「他の航空会社に関わることは自分たちのビジネスではない」というのがクリスティンの上司の答えであった。私は、この数時間で、彼らに何かを求めるよりも、バンコクの人々に救いを求める方が賢いと判断するだけの知恵を身につけていた。
 ホテルにはどうやって行けばいいのか問うと、別の係に、搭乗カウンターから遠く離れた到着ロビーの旅行代理店まで連れて行かれた。予約の手続が終わらないうちに案内した係員は去った。予約証を発行した者から「外へ出て右へ行け。建物がなくなったら、また右に曲がるとバスがいる。乗って待て」とだけいわれた。
 夜の10時を過ぎて、人がほとんどいないナイロビ郊外の空港の片隅を妻と二人だけで歩いた。歩くしかない。ようやく、それらしき車両を見つけたが、運転手は乗っていない。離れた場所で雑談している男たちに予約証を見せると、バスを顎でしゃくって、しばらく待て、という。
 字も読めないほどの暗がりの中、気温は下がってゆく。妻とふたり、ひざの上の荷物を抱えて待つ。ようやく別の小さなバスが来て乗り換えるようにいわれ、暗闇を脱した。
 乗り換えたバスには大勢の黒人男性が乗っている。アフリカの他の国から来た商売人たちのようだ。並びの席は空いておらず、私と妻は別々に座ることとなった。
 私の隣の男性に「あなたもオーバーブックで予定の飛行機に乗れなかったのか」と尋ねると「そうだ。あなたは?」と返された。
「今日の飛行機で日本に帰るはずだったが、乗れなかった」と答えると
「君はラッキーだ」と彼は言った。
「私は怒っている」と会話に割り込んできた妻に、彼は「明日は別の日だよ」と答えた。私たちの会話は、それで終わった。
 バスは、乗客をそれぞれの泊まるホテルに順に降ろして回る。私たちがチェックインをすませて、その日の夕食を食べ終えた時には、日は改まり1時に近かった。
 翌日、目覚めてから、道路に面した窓から長い間、街を見ていた。舗装はあちこち剥がされ、道の中央の植栽は抜かれていた。交差点を斜めに挟んで対角線上に警察署がある。砂埃にまみれて巨大なきなこ餅みたいになった車が何台もある。信号がなく、どの車も我先に入ってくるから、すべての車が前にも後ろにも進めなくなっている。多くの人が徒歩で通勤している。歩道をねぐらとしている人が邪魔にされたのか、紙袋を持ってあちこち移動している。
 遅く軽い朝食後、長い時間をジムで過ごし、妻はエチオピア人の素敵な女性と言葉を交わした。その後、徒歩で3分のショッピングモールまでなら危険はないというので、でかけて、ケニアの日用品を見て回った。髪の毛を真っ直ぐにするための薬品や道具が目立った。 
 昼食後、部屋に戻って通電器具にカードを差し込んだが、部屋の半分には電気が来ない。修理を依頼すると、係の者は1時間程かかって「カードを挿さなくても、いつも通電するようにしといたたから」と笑いながら去っていった。テレビをつけるとジョージ・ベンソンが当地でコンサートをしたことが報じられていた。
 私たちは、そんなふうにして、空港から迎えの車が来るまでの時間を過ごした。私は、こんな一日を過ごせるのは幸運なのかもしれないと思いはじめていた。
 今日の飛行機に本当に乗れるのか、バンコクで乗り継ぎができるのか、預ける荷物はちゃんと成田に届くのか、心配は尽きないけれど、こうしてナイロビで1日余計に過ごしていろんなものを見てから日本に帰れるのはラッキーかもしれないね。
 そういうと妻は「私だって、これがホノルルならいつだってラッキーよ」といった。

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December 09, 2010

読み書きクラブ2回目

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12月8日(水)
25回目の結婚記念日
朝からだるくてたまらない。
アレルギーのひどいときから、くしゃみ鼻水の症状を抜いた感じ
午前中起きられない

お昼過ぎ眼鏡屋さんと床屋
だいぶ回復してきた

ミーティング1をこなして
夜は忘年会バンド 練習2回目
なんとか3曲は成立するか という入り口段階
赤松君 准介 ドッピーで食事して帰る


9日(木)
読み書きクラブ 第2回例会
宿題を提出し、私の『ナイロビ戦記』をとりあげてもらう
書評は『医療の限界』ですが、それぞれ別エントリーとしてアップします。
みんなの批評もその後にアップしますね
それにしても、みんなに批評を受けるつもりで書いて直して
推敲はどれだけ時間があっても足りない
というと管くんが「そりゃそうだよ」というので
じゃあ、どこで止めたらいい?
ときいたら「締め切りが来たらそこで」とのこと
そういわれれば、そうなんだ!

終わって9人が近くの焼き鳥屋さんへ
学生に戻ったようで実に楽し
管君が片岡義男さんと一緒に食事したといって
写真を見せてくれる う、うらやましい


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December 07, 2010

鮟鱇鍋

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12月7日(火)
ひさびさに溺愛犬メイの写真をだしました
生まれてすぐに我が家にきて
もう8歳かな 基本的にとても元気
飼う前は、犬中心の生活はいやだ
犬を溺愛してるやつは見苦しい
といっていたのですが
飼い始めたら、ずっとでれでれ
いつもは玄関にある自分の小屋(プラスチックの手提げかご)で寝るのですが
寒いときは「おやすみ」というと、寝室についてくる

今日は、いただきものの鮟鱇鍋
一人暮らししている息子とふたりで
いろいろ話しながらたべる
息子は、一緒に暮らしている時間が短いからか
メイから剣呑な対応を受けている

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December 04, 2010

ひさびさ

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12 月4日(土)
朝からずっと、不義理を続けている原稿なおし。
ようやく、進め方のパターンが見えてきた感じあり。
これで、毎日、さくさくと2つづつくらい行ければいいのだが。
午後、東京芸大の奏楽堂でご招待のコンサート
イギリスのクラシック これがよかった
アンコールが、イエスタデイとヘイジュードなのも洒落てた
娘に迎えに来てもらってスカイツリーの下の居酒屋で夕食

5日(日)
原稿続き
17時 懐かしい人たちと再会

6日(月)
定例ミーティング
歯医者
会食 その後、数年ぶりのクラブ活動
3年前 ある会社の再生申し立ての前日
社長のFさんがが全部のつけを払う、といって
一緒にクラブをまわった
それから苦節三年
Fさんは、復活した
いま仕事が楽しくて仕方がないという
女の子は相当入れ替わっていたけれど
ほんとうに楽しそうでよかった

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December 03, 2010

川本さんの「失敗と愚行」の記録

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12月2日(木)
依頼者来 2
期日   2
忘年会の練習1 
終わって息子たちと会食
彼らはまた自分たちのバンドの練習に

12月3日(金)
鼻アレルギーで、くしゃみ、鼻水、だるいの三重苦
今の季節、なんでやねん
朝起きれないので、ベッドで、川本三郎さんの My Back Pages 読了
これについては、別に書評を書きます。
つらくて病院へ行く
依頼者来客2
所内ミーティング1

娘の希望により夜は回転寿司へ 
もう残り少ない人生、これからは娘が回転寿司へ行きたいといっても、まっとうな(別にそんな高級でなくてもいい)寿司屋へ行こうと思う

相変わらず鼻炎がつらいが、あれこれ書く

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December 01, 2010

海老蔵に関する西麻布地元情報

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12月1日(火)
今年も師走
朝 メイを美容院に連れて行くついでに妻に事務所に送ってもらう

11時30分 スタッフと勤務弁護士のみなさんに賞与支給
みなさん 今年もありがとうございました。

13時 丸善のカフェで昼食
13時30分 三省堂のAさんと打ち合わせ
15時 事務所内打ち合わせ
16時30分 Kさん親子と打ち合わせ
19時近く もっとも古い顧問先のFさんのところへ
 isaiaのジャケットを購入
 その後、何年ぶりかなあ、Fさんの行きつけのお店で一献傾ける
 楽しいお話、身につまされる話で盛り上がった ごちそうさまでした!
 海老蔵くんの件の、地元ならではの裏ばなしもあれこれ聴いた
 もちろん、ここには書けません!
西麻布から六本木に向かうと麻布警察前は報道陣でいっぱい
お隣のABC(青山ブックセンター)で、数冊買って帰る
今日は、なんだか終日、体調が重い
帰ると、アレルギー性のくしゃみがたくさん出る

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