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September 29, 2012

尖閣問題について 教訓1と村上春樹 

 毎年のことだが、暑さ寒さも彼岸まで。
 急に涼しくなったが、日中問題は冷えない。

 僕は、自分にとって、戦争のない時代に生まれ育つことができたこと以上の幸福はないと思っている。
 祭りがきらいで、団体行動がきらいで、上命下服は反吐がでるほど下らないと思っている僕が、戦前に生まれていたら、社会的落伍者としてしか生きられなかったか、若くして絶望して死んでいたと思う。

 だから、いまの空気はすごくいやである。
 嗤われるのを承知でいえば、このまま、ずるずると戦争になってしまうことを恐れている。

 「そんなこと、あるわけないだろ」と思っている方々。
 どっちかの国の跳ね返りが、相手国の誰かを殺傷したりして、それに対する報復だのなんだの、ということになったら、そこから戦争までは、たいした距離はない。
 救いは、両国の人々が(とりわけわが国の)、少子高齢化しており、学歴もそれなりで、女性たちが社会進出したり、発言権を増したりしていることだ。私は、女性と、手弱女ぶりの人々だけに期待している。
 
 いまこそ、加川良さんの名曲を聴きかえそう。

 そうよ、私ゃ、女でけっこう、女の腐ったのでかまいませんよ(おんな、すまん)

 加えて、村上春樹さんが、朝日新聞に寄稿された文章。
 多くの人に読んで欲しいので、無断で全文転載します。

(以下、9月28日朝刊より)

 尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている。それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚げなのか、詳細はまだわからない。だからその是非について意見を述べることは、今の段階では差し控えたいと思う。
 この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。そのような状況がもたらされた大きな原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能になり、多くの文化的成果(知的財産)が国境を越えて行き来するようになった。共通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消し(あるいは数を大幅に減じ)、アドバンス(前渡し金)や印税も多くの場合、正当に支払われるようになった。
 僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、「ここに来るまでの道のりは長かったなあ」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが(これ以上問題を紛糾させたくないから)、最近では環境は著しく改善され、この「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。まだいくつかの個別の問題は残されているものの、そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。
 たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。
 このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けてきたし、このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。
 今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。
 国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。
 そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。一九三〇年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。
 僕は『ねじまき鳥クロニクル』という小説の中で、一九三九年に満州国とモンゴルとの間で起こった「ノモンハン戦争」を取り上げたことがある。それは国境線の紛争がもたらした、短いけれど熾烈(しれつ)な戦争だった。日本軍とモンゴル=ソビエト軍との間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢(やっきょう)や遺品がいまだに散らばる茫漠(ぼうばく)たる荒野の真ん中に立ち、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われたものだった。
 最初にも述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。それはあくまで中国国内の問題である。一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。
 安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲(にじ)むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。
 

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September 23, 2012

iPhone5 手もとに来ました

Iphone

 iPhone4Sはパスし、4の海外仕様にdocomoのsimを入れて使う、というマニアックなことをしていましたが、今回は、auと契約しました。
 機能もさることながら、工芸品としての美しさにうっとり。

 あとは、新機能Passbookが充実することを期待する。


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September 22, 2012

やくざと市場原理主義

 暴力団対策法について勉強しているうちに、この分野にも、市場原理主義の弊害が及んでいることに気付いた。

 小泉純一郎元総理や竹中平蔵さんらが音頭取りとなって進めた「聖域なき構造改革」は、市場原理主義に基盤を置いている。市場原理主義は「人間は、何よりも自分の経済的利益を優先して行動する」という人間観に立脚している。
 この前提において、すでにこの理論は「終わっている」んであるが、わからない人はわからない。

 多種多様な人間を「人間」とひとくくりにしている点、経済(つまりはカネ)的利益が他の価値より上だとする点、利他的な行動を人間は取らないとしている点、この3点だけをみても、まったく、生きた人間に対する省察を欠いた「ダメな理論」だ。
 人間にはいろんな奴がいて「お金よりのんびりした時間がほしいわ」という人もいれば「義のためには命を捨ててもいい」という人もいる。判断に必要な情報は全員に均等にもたらされるわけではないし、判断力も判断基準に人によってちがう。
 こんなこと、誰に教えてもらわなくてもわかると思うのだが、アメリカかぶれや受験秀才にはわからないらしい。

 市場原理主義を進めたことによって、日本経済は疲弊し、デフレから脱却できず、地方は疲弊し、あまつさえ、「商売」の原理と倫理を「教育」「司法」「農業」なんていう分野にまで持ち込むから、これらの分野も、瀕死であるのに、お馬鹿さんたちはわからない。

 いまだに

 「うまくいっていないのは構造改革が不徹底だから」などといっている。

 その延長線上にいるのが橋下徹であり、維新の会ですからね。
 みなさんだまされないようにしましょう。

 さて、やくざと市場原理主義である。

 暴対法は「やくざが経済合理的に行動する」ことを前提としている。
 行うことによって「得られる経済的利益」よりも、行うことによって「失われる経済的利益」の方が大きければ、やくざは、そのような行動をしない、という人間観に立脚している。
 先に述べたとおり「一般の方々」においても、そのような行動原理は一律には妥当しないのであるが、ましてや、やくざのことである。彼らは、そもそも、世の中一般に「合理的」といわれる行動を取りたくないから、あるいは、とろうとしても取れないから、堅気の生活をせずに、やくざをしているんである。
 だから、そのような方々を「合理性」を基盤とする方法によってコントロールしようとするのは、はなから無理というものである。
 為政者は、問題の次元をひとつ繰り上げて「合理的に行動することを忌避する人たちの悪影響を最小限にするためには、どのような方法が適切であるか」を考えなければだめだ。

 暴対法は、たとえば一般企業が、暴力団と知って取引をすることを禁じており、それは「飲食の提供」「会合のための会場の提供」「部屋の賃貸」などにも及ぶと解釈されている。

 一般企業(人)が、この規定を根拠に取引を拒絶したとして、暴力団が、そうした相手方を殺傷するという事件が起きている。

 その行き着く先は、組織としての暴力団が、一見、堅気の企業に見えるように形をかえるか、組織ではなくなり、何らの統制の利かない「ばらばらの砂ような悪党」に、ばらけて社会に散らばるかであろう。

 


 

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あや子 冬美 大阪 風邪

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「教養としての体育」について書く、といいつつ諸般の事情で先延ばしになっています。
 今週は、スケジュールがいっぱいだった。

17日(月) 
16時〜 明治座で藤あや子と坂本冬美のコンサート(+お芝居)
妻が、セブンイレブンでチケット発券を受ける際、おじさんが強く反応し
「え、どこでやってるんですか。いいですね〜。一粒で二度おいしい、って奴ですよね!」といっていたそうだ。
唄はうまいし、バンドは最高、美人で和服。
大衆芸能の究極的進化形を堪能しました。
終わって、元淳へ。

18日(火)
大阪へ 車中ずっと仕事 のぞみN700系の窓側に乗って、MacBookAirとiPadがあれば移動オフィスだ。
夜は、60期20組のプチ同窓会。中井さん、西谷さん、高橋さん、佐伯さん、堀さん、ありがとう。
弁護士5年目?ともなると、いろいろな分野でがんばっている話がきけて、頼もしく、興味深い。
大阪泊。

19日(水)
午前はホテルで仕事。
午後、破産の集会に出て、帰京。
夜は、事務所の勉強会。

「反社会的勢力にいかに対応するかを企業のアドバイザーとしての立場で検討する」もので、暴対法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)についてが主たる内容であるが、聞いていて、ここにも「市場原理主義」の悪影響が及んでいることに気づいた。

 この件については別項で。

20日(木)ミーティング4件
21日(金)6件

 風邪をひきかけていて、体がこちこち。
 つらいなか、ようやく週末を迎える。

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September 16, 2012

玉村豊男さんの教え

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 久しぶりに、妻とみさきの家へ来ている。
 こちらでは、料理は僕の役目。

 暑いので、お昼は、そーめん。
 そーめんは、それだけでは、やや物足りないので、普通のおつゆのほかに、ナッツと一緒にミキサーにかけたおつゆをつくる。胡麻だれのナッツ版です。おいしかった。

 夜は、材料をみてカレー。
 冷凍庫にあった豚肉と、家から持ってきた食材を使い尽くす。
 具は、タマネギ、人参、にんにく、レンコン、ショウガなど。
 お昼のナッツのおつゆも入れて、おいしいカレーができた。

 僕が料理において、いつも参考にしているのは玉村豊男さん。
 まだ大学生か司法試験受験生のころ、

 料理の四面体

 を読んで、その才能にびっくりした。

 みさきの家で料理をつくるときは

 ヴィラデストの厨房から

 を参考にすることが多い。

 玉村さんは、たとえば、牛肉のソテーのレシピのなかで、サイズは適当に、まちまちに切ればいい、とおっしゃる。というか、まちまちに切れ、と。ふつうの料理本は、均等に火が通るように、具材は同じサイズに切るように、というものがほとんどだろう。

 しかし、玉村さんは、サイズをまちまちに切った方が、火の通り方がさまざまになり、いろいろな食感を楽しめるから、その方がいい、とおっしゃる。すばらしい。

 いうまでもないが、これは人生に対する玉村さんの姿勢がレシピに反映しているのである。

 僕は、料理をしながら、後かたつけをしながら、掃除をしながら、庭仕事をしながら、玉村さんのことばを嚙み締めつつ、哲学のまねごとをしている。

 明日の話題。
 昨日、こちらに来る前に、野口体操のクラスで「教養としての体育」についてのお話しがあった。
 思うところ、なくもないので、明日は、そのことについて書こうと思う。

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September 12, 2012

ちりめん山椒のつくりかた(白いの)

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 以前に、ちりめん山椒のつくりかた、を紹介しました。

 それは醤油味なんですけど、最近は、もっとシンプルなのを作っています。

 上質のちりめんじゃこを買う。僕は、楽天の太平水産というところから通販で送ってもらいます。
 青山椒は、やはり楽天で、祇園藤村屋さんから取り寄せます。

 つくりかたは

 ちりめんじゃこをザルにいれて熱湯をかける。
 水をよくきって、フライパンに入れる。
 適当に、お酒をいれる。
 焦がさないように水気がなくなるまで炒る。
 水気が飛んだら、青山椒をまぜて、おわり。

 最初に、熱湯をかけるのと、お酒をやや多めにしているのが、コツといえばそうかな。
 上品で、おいしいです。

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September 10, 2012

Bob James & 松田聖子

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 東京JAZZの2日目。
 ジムへ行って、汗を流してから、会場へ。
 広場では、いろんな無料コンサートをしている脇に、沢山の屋台。
 ソーセージとサラダなどを買って、軽く腹ごしらえ。

 今日のラインナップは

 エスペランサ・スポルディング すごい! 天才だ!!
 なんという貧困な批評のことば。

 カシオペア3rd あいかわらずのカシオペア・サウンド。
 大学のころ、六本木のピットインなんかに聴きにいったことを懐かしむ。
 
 そして、
 ボブ・ジェームス・クインテット
 featuring スティーブ・ガッド、ウイル・リー
 デイブ・マクマレイ、ペリー・ヒューズ
 Very Special Guest 松田聖子

 クインテットの演奏は、秋の空気を思わせるような、涼やかで知的なものだった。
 歳を取ると、こういうのは沁みます。

 息子からアテンドをしたことなど聴いているし、東北への旅のドキュメンタリーのDVDなども観ているので、僕のなかでは「ボブさん」という親しいおじさんになっている。

 そして、聖子さん。
 美しい。圧倒的存在感。抜群の歌唱力。
 ボブさんが、東北を応援するために書いてくださった
 
 Put Our Hearts Together

 を、すばらしくきれいな英語で歌い上げる。

 この曲は、ボブさんの新しいアルバムに収録されて、全世界で発売される。
 曲が作られるきっかけになったのは、東日本大震災だ。
 けれど、世界には、それだけでなく、さまざまな困難や不幸がある。
 だから、世界に向けたアルバムに収録されることになった。

 聖子さんとは、ほぼ同世代だからか、唄っている姿に、
 自分たちのこの40年が重なる。
 
 数知れぬバッシングに遭いながら、いつでも松田聖子でありつづけて
 資質と努力で築き上げた現在のポジション。

 僕たちの前に、広がっている未来に思いを馳せるというよりは
 いままで、してきたことを振り返ることに意味を感じる歳になり、それにふさわしい季節になった。

 准介 お疲れさま!

 そして、八島さん すばらしいコンサートをありがとうございました。

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September 09, 2012

東京JAZZ 2012

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 大学は出たものの、就職はせず、音楽を創る道で生きるといった息子。
 縁あって、東京JAZZの制作スタッフの末席に加えてもらって、はや4ヶ月。
 8日(土)と9日(日)の2日にわたって、東京国際フォーラムで行われる THE HALL と銘打ったコンサートの1日目、昼の部のチケットをプレゼントしてくれた。妻と義妹と一緒にでかける。
 
 プログラムは

 TAKE6
 BEN E KING & 村田陽一with HIS BIG BAND
 バート・バカラック

 関係者席で、斜め右前にエビ・ジョンイルことNHKの(元)海老澤会長が陣取っておられる。
 いまや天然記念物的になってきたあの世代のでかい態度であるが、演奏中は、ほとんど爆睡しておられる(笑)

 TAKE6はすごかった。
 バート・バカラックは、楽曲と演奏の質が神のようだった。
 帰ってきて、いろいろ調べていたら、70代の後半になってからアメリカの堕落やイラク侵攻を批判する内容のオリジナル・アルバムなんか出しておられたんですね。

 その後、畏れ多くも皇居を見下ろせる場所で食事をして帰った。
 明日は、息子の上司のYさんからご招待いただいている。
 楽しみ〜。

 9月の第1週は会食が多い週であった。
 来週は節制しよ。

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