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October 26, 2012

石原慎太郎の作家復帰を願う

 石原慎太郎が、都知事を辞任して、国政復帰を宣言した。
 困ったものである。
 老害、というほかない。
 尖閣問題について、国の弱腰をに業をにやした、という話もあるが、それなら、なおさらである。

 老人は、大所高所から、若い者の行き過ぎをたしなめるくらいであってほしい。
 
 80歳という年齢を記者に指摘されて
「若い奴らは何やってるんだ!」 といっていましたけれど、
 肥大化しすぎて抹消まで栄養の行き届かなくなった葉っぱは、断ち切ってしまえば、その下には、まだ、小さいけれど、青々とした芽が見えるものです。

 石原さんに必要なのは、自分のせいで若い葉っぱに陽が当たらなくなっていることの自覚であり、自らは一歩引いて、若い者がのびのび行動できる環境をつくることである。その若い者が、橋下君では困りますけどね。

 ちなみに、私は、文章家としての石原慎太郎は評価しています。あの人にしか書けない文体で、無類におもしろい作品をお書きになる。次の選挙で落選したら、ぜひ、文筆活動にいそしんで、自ら携わった国政と都政の裏話を書いていただきたい。

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丸谷才一さん

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 10月13日に丸谷才一さんがお亡くなりになった。
 10代の終わりから30代前半まで、丸谷さんの本は、新刊が出るたびに読んでいた。
 教わったことや、世の中に対する姿勢で影響を受けたことは、限りがない。

 ここしばらくは、毎日新聞の日曜日の書評を必ず読むくらいで、新刊を買って読むことからは、遠ざかっていた。

 丸谷さんのあの豊穣な語り口は堪能した、という思いがあった。
 もうひとつには、丸谷さんのエッセイなり書評なりを読むと、紹介されている作家、作品、ものごとが、あまりに魅力的で、際限なく自分の興味が広がっていってしまうのに、日々の暮らしは、それを味わうにはあまりにも慌ただしかったからだろう。これから少しづつ可処分時間をふやし、遠ざかっていた作品を味わおう。

 ロイヤルパークホテルでは、毎年、春風亭小朝の独演会があり、昨年か、一昨年か、開演前の軽食会場に丸谷さんがいらっしゃったと記憶している。ちらりと視線を交わす瞬間があり、お声をかけては迷惑だと思って、黙礼だけして、高座のある会場に向かったことを、はっきりと覚えている。

 写真は、この間の日曜日の『今週の本棚・この3冊:丸谷才一=鹿島茂・選』で選ばれた三冊(ココログの不具合だと思うのですが、写真がたてになりません)。
 
 僕も、この欄を伊丹十三さんで書かせていただいたことがあるが、丸谷さんは、読んでくださっただろうか。

 ご冥福を祈ります。合掌。

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October 18, 2012

参議院定数違憲判決に思うこと

 「一票の格差」が最大5倍だった2010年の参議院選挙について、最高裁が「違憲状態」だったと判断した。

 都会の人の一票の価値は、田舎のひとの一票の5分の1の価値しかない。それは、ひどいというのが、原告の主張である。

 ほんとにそうなんですかね。
 
 原告団を代表する先生方の政治的意図は、どのあたりにあるか、それをどこのマスコミも報じないのだが、ここは、きっちり抑えておく必要があると思う。

 完全に人口比例で国会議員の定数を各選挙区に割り振ったら、どうなるか。
 現在の、参議院の都道府県を単位とする選挙区選出議員が146人である。
 このうち、半数が3年ごとに改選されることになっているから、1回の選挙では73人しか改選されない。
 この73人がどういう風に割り振られているかというと以下のとおり。

 5人が割り振られているのが東京都。
 3人区は、埼玉県、千葉県、神奈川県、愛知県、大阪府の5選挙区
 2人区は、北海道、宮城県、福島県、茨城県、新潟県、長野県
岐阜県、静岡県、京都府、兵庫県、広島県、福岡県の12選挙区。
 あとの29の選挙区は、すべて1人づつしか当選枠がない(青森県、岩手県、秋田県、山形県、栃木県、群馬県、富山県、石川県、福井県、山梨県、三重県、滋賀県、奈良県、和歌山県、鳥取県、島根県、岡山県、山口県、徳島県、香川県、愛媛県、高知県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県)。

 これでおわかりのとおり、一票の平等を進めると(厳密に計算していないが)、現在の1人区のほとんどは、参議院議員はだせない、ということになる。

 そして、その分の当選枠は、大半が、東京、埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪に割り振られなければならない、という結論になる。

 それはまずいでしょう(原告団の先生方は「いいんだ!」とおっしゃるかもしれませんが)。

 まずいとすれば、都道府県を単位とする地方区を解体するしかない、というのが論理的な必然ですね。
 で、どういう代案がありうるか。

 全国1選挙区?
 全国キャンペーンを展開できる方しか選挙に出られなくなりますね。候補者が、地域にお住まいの方々と膝つき合わせてお話しするようなことは、なくなるでしょうね。
 
 全部比例代表制?
 要するに「人」ではなく、政党にいれる選挙。現在の政党に、そんな役目を委ねられますか。

 だったら、いまのまんまでも、いいじゃない?

 新聞もテレビも「最高裁が、抜本改革を迫った」とかいっているけど、最高裁は、現行システムの代わりのシステムを呈示してくれるわけではありませんからね。「違憲状態」ではあるが「選挙無効とはいえない」のは、こういう事情があるからであります。

 で、話はもどって、原告団の先生方の政治的、あるいは経済的意図はなにか。
 1面に写真入りで出ておられる3名の弁護士は、いずれも、経済的な大成功者です。巨額訴訟で有名な方、司法試験予備校のカリスマ、株主総会対策で経済界から頼りにされてきた方。
 憲法の保障する一票の平等を守れ、ということばの陰に、経済的効率性の低い農村セクターなんか、どんどん切り捨ててしまえ、という意図がなければいいのですが。

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October 17, 2012

お勧め本2冊 羽鳥操と松浦弥太郎

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 今日は、お勧め本を2冊。

 1冊目は、僕の野口体操の先生、羽鳥操さんの『野口体操 マッサージから始める』

 かつて朝日新聞社から発刊された、同名の書籍が、ちくま文庫に収録された。

 僕は、野口体操を教わるようになって、もう7年位経っただろうか。
 きっかけは、厄年のころのひどい体調不良だった。
 新しい事務所の立ち上げ、慣れないジャンルの仕事、あれやこれやで、疲労困憊し、風邪を悪化させて、肺炎を患った。医師の誤診もあいまって、彼岸から父方の祖母が手招きしている様子を幻視するほど、体調は悪化した。3週間ほど、仕事はまったくできなかった記憶がある。

 それを機に、自分の身体を、自分でケアすることの重要性を痛感して、数年の彷徨のすえに、たどりついたのが、野口体操だった。それから幾星霜。いまでは、20代、30代だった自分よりも、好調で、自分の身体の状態に自覚的で制御できる自分がいる。いくら感謝してもしきれない。

 この本の中には、僕の発言が引用されている箇所がある(231〜232頁)。
 
 また、今回の文庫には、創始者である野口三千三先生から東京芸術大学の体育の授業で教わったという坂本龍一さんと、著者の羽鳥操さんの対談も収録されている。坂本さんは、東京芸大の体育の先生であった野口先生の授業を「芸大で唯一、役だった授業だった」と著書で公言しておられ、野口先生の逝去の際には、供花をいただいたほど、野口先生とは縁の深い方である。

 他方、野口先生の後を襲って野口体操の会を主宰しておられる著者の羽鳥操さんは、国立音楽大学の卒業生である。

 そのお二人が、巻末で野口先生の思い出を語っておられる。羽鳥さんが「デジタルと身体性」について、坂本さんに質問されておられる、その元ネタは、僕である。

 楽屋落ちはともかく、野口体操の思想と実践から教えられることは、限りがない。
 どうぞ、お買い求めください。

 もう一冊は、松浦弥太郎さんの最新刊。『暮らしの手帖日記』

 僕は、本を読むときに、書き込みをすることができない。マーカーで、色を塗ることもできない。
 そのようにして読むのがよいという、本読みの達人と称する人たちのことばも、数かぎりなく聞いたが、できない。そういっている人たちよりも、多くの本を読んでいるかもしれないのに。「本を汚す」ということが、どうしてもできない。

 そんな僕であっても、本のページの上の角を折ることくらいはする。もう一度、読み返したい、咀嚼し、自分の中に取り込みたい、とい場合には、そのページの角を折っておくのだ。

 松浦さんの、この本においては、ページを折った箇所は10以上に及んだ。

 なかでも170頁の「おにぎりの作り方」136頁の「少年と犬」は、ここ数年に公表された随筆の中でも、最も優れたものというべきだろう。読むべきだ。
 
 また、僕が、司法研修所の最終講義で引用した、伊丹十三さんや、色川武大さんについても、まったく同じ著書の、まったく同じ箇所が引用され、僕の主張と同じことが述べられている。我が意を得たり。

 そのほか、3.11以後の日本のあり方についての発言、暮らしの手帖の編集長だった花森安治さんの終戦記念日から『28年目の日を痛恨する日々』という詩など、まさに「巻置くあたわず」という読書経験をもたらしてくれる。

 羽鳥さんの本と松浦さんの本は、なによりもまず、自分の身体を大切にして、日々の生活を、豪奢でなくていいから「ゆたか」にしよう、というその根本思想において通底している。

 自分が亡びるまで持っていて損のない二冊です。

「野口体操 マッサージから始める」→こちら
「暮らしの手帖日記」→こちら

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October 15, 2012

兄たち夫婦の第九と『100の基本』

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 14日(日曜日)
 長兄夫妻は、成蹊大学のそばに住んでいて、その関係で、同大学の創立100周年記念「第九演奏会」に出演するというので、聴きに行った。
 オーケストラだけの第3楽章までは、やや不安もあったが、合唱がはじまって俄然、演奏は熱くなり、指揮の高井優希さんも大ノリで、300人を超える合唱団も最高の歌唱、エンディングはすばらしかった。とても美しいソリストの西口彰子さん廣瀬遥子さんを知ることができたのも収穫でした。
 演奏後に兄がとてもうれしそうにニコニコしていたのが印象的であった。
 楽団の打ち上げから流れてきた兄夫妻と姪と一緒に竹廬山房で食事。

 往復の電車の中では松浦弥太郎さんの『100の基本』をずっと読み続けた。
 松浦さんは、CowBooksという古書店の経営者であり、『暮らしの手帖』の編集長であり、文筆家。
 僕の実家では「暮らしの手帖」を定期購読していて、小さい頃は繰り返し読んだことは、あまり意識していないけど、僕の一部を構成しているのだろう。
 「早く寝て、早く起きる」「指先をいつもきれいにしておく」「2週に一度は髪を切る」「職場では馴れ馴れしい口の利き方をしない」「15分前行動」などなど、松浦さんの書いておられる100の基本のうち70くらいは僕にとっての基本でもある。
 僕にとっての100の基本、生活編と仕事編を書き出してみようと思った。

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October 10, 2012

松任谷由実は不世出の芸術家である

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↑ お出かけしようとすると、先回りして荷物に入っちゃう。

10月に入って、なんだか忙しい日がつづく。
アポイントメントが少ない日で3つ、多いと5つ、出張もあり、会合もあり。
そんな中ではあるが、妻が入会していて、顧問先でもあるスポーツクラブOSSOが、早朝オープンするようになったので、週に2回くらい通うことにする。主として有酸素運動を心がけるため。

今日も、めずらしく土曜出勤だ。

今年は、これから多くのコンサートなどに行く。

兄たち夫婦がでる第9。
吉田拓郎
岡林信康
ノラ・ジョーンズ
柳家小三治
Yuming with プロコルハルム
矢野顕子&清水ミチコ
高石ともや

Yumingは、デビュー40周年だそうだが、ネット上で、かなりひどい記事が書かれている。
あえて、引用しませんけど。

それを読んで思ったのは、先人に対する敬意、というものを喪った言説の貧しさである。

松任谷由実は、不世出の芸術家である。

その楽曲の圧倒的な質と量、支える演奏家たちの水準、ライブにおける数々の先駆的実験。
夫の松任谷正隆とともに、創り上げてきた数々の業績は、単にリスナーに愛されただけではなく、後に続くアーティストたちに、どれだけ大きな影響を及ぼしたかわからないし、そのことで日本のPOPSの水準が限りなく向上したことは、まちがいがない。POPSの音楽史が書かれれば、まちがいなく一章が割かれるべき、歴史を画するミュージシャン(という枠には留まらないが)だ。日本に、グラミー賞があれば、何度も、何度も受賞し、音楽の殿堂入りしているはずだし、彼女に続く世代のすべてのミュージシャンは、立ち上がって賞賛すべき偉大な芸術家なのだ。

とりわけ『14番目の月』『紅雀』『流線型'80』『OLIVE』『悲しいほどお天気』『時のないホテル』までの5年間は、アートの神が降臨しているとしか思えない。

40周年が盛り上がらないとか、凋落したとか書いている馬鹿なライターや、それに同調してツイートしたり「いいね」ボタンをクリックしたりしている奴らは、一度でも、音楽に真剣に対峙したことがないのだろう。

楽曲そのものの質、編曲、それを理解しきってバックを支える演奏のすばらしさ、そこに至るオーディエンスには見せない努力。そんなことは、すこしもわからず、販売数だの観客動員数だの、そんな指標を第一にしか考えられない連中。今しか見えず、自分の知らないもの、理解できないものには、価値がないと断じて、それが意味あることのように勘違いしてる連中。

哀れなやつらである。

というわけで、私は、20年ぶり(もっとかも)にYumingのコンサートへ行くことを決め、このような小文を綴って、ささやかな応援をすることにしたのである。

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