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November 11, 2012

子どもたちが料理をすれば

 はじめて料理をした日のこと。
 まだ9歳だった僕は、飼い犬のキャブと留守番をしていた。
 日が暮れてお腹がぺこぺこになっても、母は帰ってこなかった。耐えきれなくなって、風邪をひいたときに母がつくってくれた卵入りのお粥をつくってみることにした。
 水と冷えたご飯を鍋に入れ、おそるおそるガスコンロに火をつけて、鍋をのせた。煮立ったところに卵を入れてかき回した。黄色だけでは、何かが足りない気がして、葱の青いところを切って入れてみた。味付けには、塩をスプーン2杯ほど入れた気がする。
 すばらしく美味しそうな黄色に緑が散ったお粥ができた。
 ご飯茶碗に取って、すこし冷ましてから、口に入れた。
 まずくて、二口と食べられなかった。キャブにもやらなかった。
 食べられないお粥の入った鍋と茶碗を前に、薄暗い台所で泣きそうになって、母の帰りを待った。
 やっと帰ってきた母は「自分で作った!? おいしそうにできたねえ!」といってくれたが、僕は「まずくて食べれん」と答えた。
 母は、ひとくち食べて、笑いながら「ちょっと、からかったねえ」といって、母の方法で卵入りのお粥をつくってくれた。その日、僕は、塩、醤油、出汁の使い方、そして火加減ということを知った。

 その日以後、僕はしばしば、夕食をつくる母の横にくっついて、いろいろな料理を手伝うようになった。コロッケを作ったのをよく覚えているのは母との共同作業が楽しかったからだろう。ゆでたジャガイモを僕がつぶす。その間に母はタマネギと挽き肉を炒め、味付けをする。混ぜ合わせたら、コロッケの形ににぎる。母は小判型。僕は俵型やまん丸なのもつくった。お腹がすいているときは、丸めたのをそのまま食べたりした。
 それから、小麦粉、溶き卵、パン粉をつける、の3工程をリレーする。だんだん、卵入りの小麦粉、あるいは、卵入りのパン粉が、僕の手に層をなしていく。父が帰ってきたらコロッケを揚げ始め、たくさんのキャベツの千切りに乗せ、揚げたてに、ウスターソースとケチャップを混ぜたのをかけて食べる。
 コロッケ作りは、完全に僕の身につき、妻とつきあうようになって、初めてつくってあげたのもコロッケだった。いまでも、妻はその時の感動を口にする。

 中学を卒業し、僕は故郷の町を離れ、高校の隣の伊藤自動車という修理屋さんに下宿することになった。下宿というより民間の寄宿舎みたいで、十数人の高校生と予備校生が暮らしていて、週末以外は3食付きだった、しかし、伊藤さんご一家は、食にまったく関心のない方々で、朝ご飯につく卵は、割ると真っ平らになっていたし、お弁当のおかずが醤油で煮た竹輪一本だったりした。
 他の下宿生と何度も「改善してほしいけど、伊藤さん一家も同じものを食べているんだから、いえないよね」とため息をついた。下宿生が調理場を使うことは許されておらず、自作できたのは、自分の部屋で電熱器を使ってつくるインスタント・ラーメンだけだった。

 高校卒業後、夏休みに中学時代の親しい仲間が集まって料理を作ったことがあった。場所は、みどりの家だった。何を作ったのかは覚えていないのだが、鮮明に覚えていることがある。
 僕は、洗った人参を銀杏切りにしようとまな板に置いて包丁を構えた。それを見ていたみどりが、左手を伸ばし、僕の左手の甲に、手のひらを重ねた。人差し指から小指まで、僕の指に彼女の指を重ねて、指先を内側に丸めた。彼女が指を丸めたから、僕の四本の指も自然に丸くなった。
「こうやって、猫みたいにしないと、危ないよ」といって、みどりは重ねた手をはなした。

 二十歳の頃だったと思うけれど、玉村豊男さんの『料理の四面体』を読んだ。アルジェリアの砂漠のエピソードは鮮烈だ。記憶だけで書くと、玉村さんが砂漠で出会った旅人は、粗末な鍋を火にかけ、オリーブ油を熱し、大蒜のかけらを投げ入れ、羊肉の表面に焼き色をつけた。それから、トマトを何個も握りつぶして入れ、蓋をして火を弱める。十分に火が通ったら、塩と唐辛子で味を調え、振る舞ってくれる。水もない場所で、材料はすべて持ち歩いている麻袋から取り出し、立ったままナイフ一本で作られたこのシチューを基点にして、玉村さんは、料理の基本原理を解き明かしていく。この本を読んで、どんな料理でも作ることができる魔法を身につけた気がした。

 料理は本当に楽しい。美味しい食べ物を嫌いな人はいなくて、心をこめて料理されたものを食べたら、みんな幸せになって元気がでる。世界中、同じだ。
 子どもたちが、一つ料理を覚えれば自信がついて、世界は少しだけいい方に変わる。できた料理を誰かと一緒に食べたら、もっといい。

【読み書きクラブ 第2期 11月】

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