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March 18, 2013

中野剛志『日本防衛論』を推す

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時に依頼者の方から「どうするのが最善ですか?」と問われることがある。
しかし、私には「最善の道」は、わからない。
あなた自身にも「最善の道」は、わからない。

仕事選びや配偶者選びと同じである。
同時にふたつの仕事をすることはできないし、同時に複数の配偶者を持つことはできない(いや、そうでもない、という場合もあるが、原則として)。
だから「すでにした選択は、常に最善の選択」なのである。

しかし、私は、依頼者の方が選びうるいくつかの選択肢の中で「なにが最悪か」を、告げることはできる。これだけは、やってはいけない、ということはいえる。
そうして、最悪の最悪の事態を避けた上で、ありうるオプションの中で、どう生きていくかは、本人の哲学、世界観の問題なのである。

同じことが国家についてもいえる。
理想の国家のあり方は、さまざまでよい。すべての国が同じようでなければならない理由はない。
しかし「こんな国家であってはならない」ということは、相当程度、明確にいえる。

国民の生命、身体、財産を守れない国家。
何よりも、自分たちの国のあり方を、自分たちでは決められない国家。
そんな国家にしてはならないだろう。

『TPP亡国論』をはじめとして、数々の優れた著書を書き続けている中野剛志さんの『日本防衛論 グローバルリスクと日本の選択』は、自らの道を、自分自身で決めることができる日本を、私たちの子どもたちに残すために、何をどうすればよいのか、フレームワークを把握するために必読の書である。

タイトルからは、軍事に関する叙述が多いかと思われやすいだろう。
しかし、本書は、世界が直面する主要なリスクとして、ユーロ危機、アメリカの後退、新興国とりわけ中国の景気後退と構造不況、地政学的変動、エネルギー、食糧、水資源の問題などを、総合的に、また学際的に述べて、日本が直面するリスクシナリオ、すなわち『最悪の道』を明らかにしてゆく。
最悪の結果を避けられるかどうかは、いま、私たちがどのような政策を選び取るかにかかっている。

日々、目の前の仕事に忙殺されている人たちにこそ、読んでいただきたい。

中野剛志『日本防衛論 グローバルリスクと日本の選択』

PS 佐藤優さんは、どうも中野剛志がきらいみたいである。
ある本に「○○亡国論」とかいっている、どうしようもない奴、という表現があり、時期や前後の文脈からは、中野剛志の『TPP亡国論』を指しているとしか思えなかった。
面白い。ぜひ直接対決してもらいたい。

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March 17, 2013

久方ぶりに老師に会う

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 ここしばらく胸につかえがあり、天井が低いような気がする日々を過ごしていた。
 原因は複合的で、あれこれ思い浮かぶし、無意識に沈んでいる何かもあるだろう。
 理由に察しがつくからといって、簡単に取り除くことができないのが、生きもののやっかいなところで、いろいろなことに折り合いをつけて、そろそろと生きて行くしかない。

 ふと思い立って、久しくゆっくりお話しをしていない内野経一郎先生に連絡をして、一宵を息子さんの令四郎さんと一緒に過ごさせて頂いた。かつて、内野先生主宰される「司法研究室 鴻志会」で机をならべて学んだ大徳くんがオーナーを務める「奥田」。

 久々にお目にかかった内野先生は、令四郎さんにいわせれば「気力だけで生きているはずなのに、、、元気すぎる」とのことで、前日も、宮崎まで接見に行かれ(しかもその事件は手弁当)、帰りの飛行機が満席だったからといって「成田まわり」で深夜にご自宅に戻られたとのこと。

 いかにわが国の司法が(とりわけ刑事司法が)情けない状態であるか、そして、それを糺すのは弁護士の真摯な活動でしかないことを、具体的な案件のエピソードと共に、さまざま伺う。

「涙もろくなったことだけは、大きく変わった」とのことで、顧問を務めておられる女子校の卒業式に、翌日、出席のご予定だとのことで、そのことを語り始めただけで、これまでの答辞の内容を思い出して、涙が止まらないご様子。ひとしきり、人生には儀式が必要だ、ということで盛り上がる。

 料理も話題も豊かで、志し高き酒宴、ありがとうございました。 

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March 10, 2013

叔父 平林典三逝く

母方の叔父平林典三さんが、3月8日午前0時35分に亡くなった。
 前々日にはゴルフをし、前日には名古屋市でのパーティに出て、帰宅して入浴中にまったく苦しむこともなく、亡くなっていたとのこと。享年82歳。

 法号 典山全然居士(てんざんぜんねんこじ)

 これで母の4人の兄姉弟は、すべて亡くなったことになる。
3年前に、母が脳出血で倒れた時には、元気で力づけてくれた百枝伯母、介護施設への入居のために尽力してくれた典三叔父。ふたりとも母より先に逝ってしまわれた。

 叔父は、5人兄弟の末弟として育ちながら、高校卒業後、明智町役場に務め、末っ子ながら家を継いだ。仕事は優秀で、助役にのぼりつめ、町長に立候補するよう勧める人は限りがなかったが、固辞して町政の表舞台からは潔く身を引いた。

 その後は、ボランティアとして町おこしに励み、ここ10年以上は「日本大正村」の理事長を務めていた。その関係で、葬儀委員長は村長の司葉子さんが務めてくださることとなった。

 酒はまったく呑まないが、社交的で、活動的で、亡くなる前日まで町のために力を尽くした。

 ご自身の哲学や人生観を、直接に語られたことはないのだが、ことばや行動の端々から、僕は大きな影響を受けていると思う。地に足のついた生活。名利を求めない姿勢。自分の苦しみや悩みを決して嘆いたり怒ったりしないで解決に導いて行く力。とてもかなわない。

 地域の誰もが頼りにし、叔父がそこにいるだけで安心だと思っていたにちがいない。

 農業もずっと続けて、夏に帰省すると大きな西瓜を届けてくださり、秋には新米を送ってくださった。
 昨年は玄米をとお願いしたら一俵くらいも送って下さり、親戚や事務所のスタッフとも分けた。
その玄米がまだあったら、また送ってくださいとお願いしようと妻と話していた矢先の訃報だった。

 お疲れ様でした。
 そして、素晴らしい生き方を教えてくださって、ありがとうございました。
 合掌。


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March 07, 2013

Happy my Birthday !

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 54歳になった。
 昨年は、家族の卒業旅行でマウイ、オアフで過ごしていたのだが
 今年は、花粉まみれの東京。

 夕刻、井石さんがプレゼントを持ってきてくれた。打合せ中で愛想なしですいません。
 明日の証人尋問の準備、その他あれやこれを終え、夕食は日本で一番好きなお寿司屋さん、人形町のK寿司で家族と。ご主人と会話しつつ楽しい食事を終え。

 家へ帰ってくると、野村さんや、義母、義妹かおるからプレゼントが届いていた。

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 いただいたものは

 お酒 4合瓶 2本(義母)
 世界のビール 9本 チーズ オリーブ(義妹かおる)
 南茅部産 真昆布 および おさしみ昆布(野村さん)
 筆入れ(井石さん)
 猪と猪口の手ぬぐい
 メイの画像入り一合枡(いずれも家族から)

 というわけで、お酒がらみのものが多いです。

 プレゼントをくださったみなさん
 Facebookでお祝いメッセージをくださったみなさん
 ありがとうございました!

 正直いって、54歳といえば、もう、昔なら隠居。
 好きなことして生きていけるように環境を整えます。

 遊びをせんとや生れけむ
 戯れせんとや生れけん
 遊ぶ子供の声きけば
 我が身さえこそ動がるれ

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March 03, 2013

「分人」という考え方

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友人ちさが書いてくれた早紀のポートレート

 平野啓一郎さんの『私とは何か__「個人」から「分人」へ』を読んだ。
 
 人間が、分割できない(individualはその語源)ひとつだけの人格を有する個体だというのは、キリスト教の教義に基づく独断に過ぎないのではないか。私たちは、いわば分数によって構成された、いくつもの人格の集まりなのではないか。
 
 家族と接している自分。
 メイとたわむれている自分。
 音楽を聴き演奏する自分。
 文章を読み書いている自分。
 体操をしながら身体を考えている自分。
 弁護士として依頼者と接している自分。
 事務所の弁護士やスタッフにだめ出し・指導をしている自分。
 居酒屋でくつろいでいる自分。

 これらを貫くひとつの人格があるという考えは、ひとつの「ドグマ=教義」に過ぎなかったのではないか。人は、関係する人々との関係ごとに、いくつかの「分数」としての人格を有していて、しかもその分数の比率は状況によって変化する。

 そう考えることで、自分自身の「引き裂かれた思い」にある種の整理をつけることができ、「他人との出会いと別れと裏切り」に距離を置いて分析することが可能になるのではないか。

 さらに、平野さんは、この考え方に社会の連帯のあり方についての新しい可能性を求める。
 「分人ごとの緩やかなつながり」を網の目のように社会に張り巡らすことによって、大きな単位の数少ないセグメント(その典型が「会社」)に依存する社会のありかたを改変することができるのではないか、と考える。

 たしかに、現在の自分のありかたを考えるのに、すごく有益な補助線を与えてくれる考え方だ。
 
 毎日の生活において「なんかちがうなあ」と思っている人は(ほとんどみんなそうかもしれないが)、お読みになると、頭が整理されると思います。

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March 01, 2013

義母の回復ぶり

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1月末に、回復期リハビリ病院の福家千葉病院へ転院した義母。
日に日に、驚くような回復ぶり。
経管栄養ではなく、ふつうのご飯をたべられるようになった。
カニューレ(薬の注入や体液の排出、空気の通路とするために気管に装着したパイプ状の医療器具)もはずれて、自分の声で話ができるようにもなった。もともと、おしゃべりだから「24時間しゃべっている」とまでいわれている。

自力呼吸ができず血圧が50を切るところまで重篤な事態に陥り明日をも知れなかった12月、1月前半を経て、回復に向かったら、後期高齢者にして、このスピード。

神秘とさえ感じる。

そして50歳をすこしでたくらいで、前向きの気持ちを失ってはいけないなあ、と思う。

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