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July 31, 2013

弥生さん 帰国後初めての外出(看護主夫生活もまた楽しからずや)

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 帰国して1週間。
 僕も、徐々に仕事に復帰しつつ、看護と主夫をしている。

 朝起きて、メイの散歩。
 帰ってきて、フルーツと飲み物をセット。
 シャワーを浴びて、お洗濯。
 野口体操をして、家に息子か娘がいれば、でかける。
 職場では、無駄口ひとつ聞かずに、ひたすら仕事をこなす。
 早めに事務所をでて、、夕食のお買い物をして帰宅。
 夕食をつくって、食べて、あとかたづけ。
 一息つくと、ほっとして、甘いものが食べたくなっちゃったりして。
 子育てをしながら、働いている女性に、Sympathyを感じる。
 
 家事には自信があるし、けっして辛くはない。
 家にある食材を(乾物などの保存食料も含めて)すべて把握して、その組み合わせと、新しく購入する食材に配慮して、栄養バランスを考えながら、買い物をして料理をするのはとても楽しい。
 かたづけをして、洗濯をして、すべてが収まるところに収まると、世界にひとつの秩序をもたらした気持ちがして、幸せになる。その瞬間から、秩序は崩壊し、エントロピーは増大し続けるわけであるが、それが宇宙の普遍のありかただから、しかたがない。

 今週は、月曜日、火曜日は、事務所へ行ったり、出先で仕事をしたりしていたが、今日は、終日、家にいた。

 午前中はずっと仕事。
 お昼に冷やしうどんを一緒にたべて、やすんでいると、「銀行と郵便局に連れて行って」というので、弥生は、帰国後、初めておでかけしました。
 実家にも立ち寄り、義母から、ゴーヤをいただく。必然的に、今夜のメインは、ゴーヤチャンプルーということになり、いきつけのLifeに誘うが「車の中で待っているから、買い物はしてきて」とのこと。

 帰ってきて、また仕事。
 日が暮れたら、また、メイの散歩。
 帰ってきて、夕食の準備。
 
 本人の言葉では「三歩進んで、1.5歩さがる」そうですが、すこしづつよくなっていることはまちがいありません。
 今日も、夕食後の洗い物はしてくれました。
 そのほか、洗濯物を干したり、乾いたものを畳んだり。
 家事にもじわじわ復帰しています。

 この暑さが和らぐ頃には、すっかりよくなっていることを期待しています。

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July 28, 2013

野口体操ってすごい(手術から2週間)

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われわれの不在中、メイもがんばった!面倒見てくれた、かおるに感謝。

弥生の発症から、ほぼ3週間、手術から2週間が経ちました。
日によって、時間によって、状態には波があります。
激しいものではないにせよ、頭痛があったり、むかむか感があったり、疲れやすかったり。
でも、Macをひらいて僕のブログを読み返したり、洗濯ものをたたんだり、テレビをかなり長い時間みたり、傍目には、すこしづつ、恢復しているようにみえます。

僕は、昨日、ほぼ1ヵ月ぶりに野口体操のクラスに出ました。羽鳥先生、クラスのみなさんから、あたたかいお見舞いとお気遣いと励ましのことばをいただいた。本当にありがとうございました。

ロンドンでのタフな状況に、精神も心もこわばりがちな中、欠かさずしたことが2つあった。

1つは、毎日病院の付添を終わってからのお酒(笑)
弥生が発症した6日の夜、急遽、確保したホテルの狭い部屋の前にお酒も売っている小さな店があり、Yellow Tailの安ワインを買って、シャワーを浴びてから、少しだけ飲んで眠った。
その後も、1日を除いて、毎日、ビールやワインを稀にシーバスを少しだけいただきました。

もう1つは、朝、目覚めてシャワーを浴びてからの野口体操。
じっくり時間をかけて、呼吸を整え、体をぶら下げ、揺らし、骨盤を傾け、股関節を開き、正座し、ひれ伏し、全身の筋肉と腱を伸ばし、血液と体液の循環を整える。
これは、もう習慣化して、毎朝の儀式になっている。ロンドンでは、14時まで面会が許されないのが原則だったから、東京よりも、じっくりと取り組むことができた。

そして、偶然にも、持参していた3冊の紙の本のうち1冊が、野口体操の創始者野口三千三先生の著書『原初生命体としての人間』だった(のこりの2冊は森嶋通夫先生の『イギリスと日本』(正続))。いつもデイ・パックに入れて、いろいろな箇所を読み返した。

妻が、Charing Cross Hospitalに運ばれて、最初にDr.Chris Karretから説明を受けたときには、説明のことばの内容もさることながら、Dr.、ナース、病院全体から受ける「体の実感」を大切にしようと思っていた。そして、信ずることに決めた。

そして、一度信頼したら「負けて、任せて、参って、待つ」(野口語録のひとつ)しかないのだと思い定めていた。

人間の悩みには、3種類しかないといった人がいる。
第1は、考えてもどうにもならない悩み、第2は、金でどうにかなる悩み、第3は、自分の努力でどうにかなる悩み。
起きてしまった弥生の病気のことは、第1の悩みだ。信じて、任せて待つしかない。第2の悩みは保険でなんとかなることが、すぐにわかった。第3をきちんとするためには、自分が心と身体の健康を保ち続けるしかない。

野口体操のクラスに通うようになって、もう10年近くになるだろうか。
今回も、本当に助けられたと思っている。

お目にかかったこともない野口三千三先生、直接ご指導をうけている羽鳥操先生、それから毎週、上質の空間と時間を共有してくださっている土曜クラスのみなさん、ほんとうにありがとうございます。


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July 24, 2013

墨東病院を受診しました

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 みなさま

 ロンドンから診療予約をしてあった都立墨東病院を受診しました。
 墨東病院は、都内最大級の都立病院のひとつで、隅田川より東で、脳神経外科については、もっとも実績のある病院です。弥生の父の雅一も、母の宜子もお世話になっています。

 Charing Cross Hospitalからの退院時受領書類とCD-Rを持参しました。

 データの読み出しに手間取ったりしたらしく、10時20分の予約でしたが、診てもらえたのは、すでに12時近くになっていました。

 担当は、奇しくも雅一お父さんを診てくれていた花川一郎(かずお)先生。
 改めてCTと頭部レントゲンも撮りました。
 
 花川先生のお話の要旨は、以下のとおり。

・Charing Cross Hospitalで受けた治療は最善のものであった。
 弥生が施してもらった Flow Diverting Stent というステントは日本では認可されていない。
 しかし、弥生の症状にはもっともふさわしいものであったので、ロンドンで治療を受けられたことは幸いであった。

・ 動脈の幅 2.3ミリという、非常に細いところにあるごく小さな動脈瘤からの出血。そこに、ステントを入れて再発防止策を施した。

・ 投薬も適切。

・ 脳血管の収縮とか水頭症とかの後遺症も見られない。

・ まだまだ、頭が重いとか、肩首が凝る、張るなどのなどの症状があるが、1ヵ月ほど安静にしているほかない。同種の投薬をしておくので、すべて服用したところで再診をする。

・ 現在は、再出血より、血液凝固による脳血栓の方が怖いので、血液サラサラ剤は、ちゃんと飲んでください。

・ 昨年12月の脳ドックの画像データは、勉強のためにも見たいので取り寄せて欲しい。

 とても丁寧に時間をかけて説明してくださいました。

 弥生は、とても誠実で勉強熱心な先生に「経過は順調だ」との言葉をかけていただいただけで、長い待ち時間の間の辛い症状が和らいだといっています。

 ロンドンでの弥生の入院生活と家族の看護は、非日常の日々で、すべてを投げ出して、それに集中する日々でした。日本に帰ってくれば「日常」の生活と仕事、それらと療養看護を両立する必要があります。
 そのリズムをつかむには、もう少し時間がかかるかもしれません。

 無理せず、肩肘張らずに、さくさくとやっていこうと思います。

 ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、ご寛恕下さいますよう。

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July 23, 2013

弥生さん 23日(火)午前4時07分 帰国しました。

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帰国に付き添ってくれたフランス人Dr.のSamuel Castro(とBA職員)

 みなさま

 大変ご心配をおかけしましたが、我々夫婦は、本日帰国しました。
 弥生は、まだまだ、1日のうちの体調の波がありますが、本復するには時間が薬、ということでしょう。
 今後は、これまでのように、毎日のご報告はいたしませんが、節目には、このブログにおいて、短いご報告をするつもりですので、時々、のぞいて頂ければ幸いです。

 私も、弥生も、この間、たくさん考えることがありました。
 改めて「授かった命」「預かった命」を大切にして、残りの人生を生きて行こうと思います。
 
 この間、お見舞いで、メールで、ブログへのコメントで、Facebookで、お電話で、たくさんの応援、本当にありがとうございました。個別にお返事やお礼ができなかったのが、ほとんどですが、この場を借りてお詫びとお礼を申し上げます。

 以下は、自分たちの備忘です。

21日(日) 帰国前日
 ロンドンに来てから初めての晩秋か初冬を思わせるような肌寒い日。残った食材の整理やら、パッキングやら何かと気ぜわしなく、落ち着かない1日。短くとも「生活」をすれば、残った食材、洗剤、シャンプー、コンディショナー、どうしようかと処分に迷うものが大量にあり、自分の貧乏性を笑う。

 3時過ぎ。Sloan SquareからShephered's Bushまで。弥生は、まだ、買い物を楽しめる体調ではない。朝とは打って変わって急に強くなってきた日射しや、なかなか拾えないタクシーに疲れてしまったようで、Flatへ戻ってからは、朝までずっとベッドの中。その間、4時間起きに服薬。墨東病院を診察予約。

22日(月)帰国当日 朝から雨 激しい落雷 時に豪雨
 6時半に、医師のSamuel Castroが来るはずが、なかなか来ない。
 運転手が、道に迷い、豪雨で道を聞くのもままならず、バイクとトラブルがあり、というような事情だったそう。
 7時過ぎに出発。ヒースローまでの道が大渋滞。BAとの共同運航便なのにJLのフライト番号を告げられていてチェック・インで混乱。車いすが来るのに時間がかかり。医師は、医療機器一式をセキュリティ・チェックでに調べられ。出発ゲートは別のビル。
 出発ゲートにたどり着いたのが、定刻10分前。
 応援してくださった皆さんに、Sweetsでも、という弥生の気持ちも叶えることができず。
 若干の頭痛があるが、機中、何度かMedical Checkをうけ、特に問題なし。

23日(火) 午前4時37分 羽田に無事着陸
 我が家に、弥生の母、妹が来てくれていて、再会を祝う。
 午前7時40分、また横になって休んでいます。

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July 21, 2013

7月20日 退院1日目の弥生さん

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みなさま

 7月6日に発症して、19日に退院。
 13日間、いろいろな形での励まし、応援、情報提供、お心遣い、本当にありがとうございました。

 この13日間、ロンドンは滅多にないほどの好天続きでした。
 弥生にとっては初めての、戸外を経験した昨日も、とても暑く、日射しもまぶしくて体に応えたようです。

 出血の治療薬は4時間おきに、深夜も服まなければなりません。昨日も、深夜の2時に起きて、起こして薬を飲ませました。

 今日の午前中は、頭が重いといってほとんど寝ていました。
 Sandraが帰国するというのでバス停まで送っていったのが、退院後、初めてのリハビリ。
 帰りに、病棟で一番怖かった看護師(通称「番長」)のポーリーンに会いました。挨拶もできないまま退院したから、といって、感謝のことばを伝えました。

 午後にはだいぶ元気を取り戻し、ふたたびFlat周辺を散歩し、夕方にはバスにのって近くのShepherd's Bushまで出かけ、外食を楽しみました(食は細くなっていますが、お腹はすぐにすくようです)。

 それから、Lodon Taxiをひろっていま帰ってきたところで、また、すぐに休んでいます。

 23日早朝に羽田に着く便で帰国することが決まりました。
 退院したとはいえ、まだまだ療養が必要な身です。
 帰国後も、疲れを癒やし、日本の病院を受診するなど、あれこれしなければなりません。
 
 皆さんの前に元気な顔を見せることができるのは、もう少し先になりそうです。
 ご理解のほどお願い申し上げます。

 PS 准介は、音楽仲間のドミニクと連絡がとれて、折から開催中のBlues Festivalなるイベントに出かけていきました。

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July 20, 2013

7月19日(金)の弥生さん びっくり仰天 退院しました!  

 本日、早紀が帰国するため、朝10時に挨拶にいくと、弥生はすぐにシャワーへ連れて行かれました。

 向かいにいるイタリア人のマリアが「やよいは、今日退院だよ。よかったね。」というので、Really ?! というと「Dr.がさっき来ていっていたよ」とのこと。

 それから、早紀を空港へ送って、無事チェックインしたのを見届け、Flatに戻って弥生の洋服を取って、とって返して、保険関係の説明、医療関係の説明、薬の受領あれやこれや、慌ただしく過ごして、5時過ぎに退院することができました。

 Dr.からの直接の詳しい説明は午前中に行われてしまって、我々はきく機会がありませんでした。
 その代わり、詳細説明を記載した文書や、CTやMRIの画像データを格納したCDーROMをもらいました。
 弥生の症状はレベル1だったそうで、再発防止の手術もできたので、退院してよい。週末休養をとって、帰国して良いとのことです。

 ダイアナ妃出産の際に、赤ちゃんを生んで翌日に歩いて退院されていた記憶がありますけれど、いやはや、この即断即決、見切りがすごい。

 帰国便は、現在、保険会社の現地エージェントが手配中です。
 こちらを22日(月)の発って、23日に成田着、という可能性が濃厚だそうです。

 また大きなステップを踏むことができました。
 皆さまのご支援に、弥生ともども、心から感謝いたします。

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ナースと
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隣のベッドの泣き虫のリンダ
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July 19, 2013

7月18日(木)の弥生さん 手術後3日目

 みなさま
 お陰様で、弥生は順調に回復しています。

 朝、トイレへ行きたいといったところ導尿管をはずしてもらえました。
 それから、自力でトイレへ。
 朝食は、トースト2枚を完食。
 それから、出国以来、はじめてシャワーをして、髪と体を洗いました。
 10時過ぎに、リハビリで廊下を歩いて東南の窓から、自分の目で街を眺めて「自分はロンドンの病院にいるんだ」と実感し、感激したそうです。
 それから、階段を上り下りする練習をしました。上るのはまだいいけど、降りるのは足が手前になってしまうそうです。

 昨日同様、朝、早紀が先乗りすると、シャワーから出た弥生がスタスタあるいているので、びっくり。
 
 お昼ご飯は、我々が持参した、白いご飯を永谷園のお茶づけ海苔でお椀一ぱい。病院から出してもらったペンネをすこし。カッパ巻き2個。フルーツ。コーヒー。

 早利は、14時からの面会前に、Peter&Jonesというデパートへ。何も買わなかったけど、弥生が来れば、楽しいにちがいないお店です(教えてくれたCさん ありがとう)。帰国前に連れてくることができるでしょうか。

 Elizabethは昨晩転院して、高雅な家族のホームドラマが終わってしまったようで、また、同志がいなくなって寂しい気持ちだといっています。

 看護助手のAnthonyが、自分のことばを弥生に伝えたくて、Googleで翻訳してもってきてくれました。Googleは翻訳に関しては、まだまだおばかさんですね。
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 Sandraのお見舞いの品
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 早紀は、所用により明日帰国することとなり、早紀のリクエストでベトナム料理を食べにいきました。

 雑感をひとつ。
 英国と日本は、同じ島国で立憲君主制。
 似ているところも沢山ありますが、ぜんぜんちがうと感じることがふたつ。

 ひとつめは、森嶋通夫先生の受け売りで、人間関係の距離の取り方。
 同じ島の中で、移動の自由度が低いので、和を保たないとやっていけない。
 そこで、Solutionとして採用した方法が日本と英国では対極的。
 日本は「みんな一緒がいい。目立たない方がいい。出る杭はうたれてしかるべき。」であった。
 英国は「みんなちがっていい。人間はそれぞれちがうのがあたりまえ。人間関係に距離を取って、あまり近づきすぎないようにするのがいい。」

 2つめ。上記の帰結なのか、英国ではDr.もナースも患者も、町を歩く人も、多様も多様、アングロサクソン、ラテン、アフリカ、中東、アジア、南太平洋、あらゆる人種と宗教のひとたちが、それぞれの文化を残したままの格好で(Dr.がターバンしたりしていますが)、それぞれの役割を果たしています。不思議と、日韓中の人の比率が少ないように感じる。それはともかく、ここにいると、日本でのヘイト・スピーチとか、なんて小さい話かとおもいます。ここから見たら、日本人と在日韓国・朝鮮人の区別なんてつきませんから。

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July 18, 2013

7月17日(水)の弥生さん 手術後2日目

 昨晩は、息子とSandraが、Maks & Spenser で夕食を買って帰り、Flatで「野菜がたべたい!」という私のリクエストにより、ほとんど菜食主義者のような夕食をいただきました。
 にんじん、セロリ、パプリカ、バゲットとすこしのチーズ、ハム、サラミ。ビールと白ワイン。手術前の緊張がゆるんだのか、酔っ払いました。早紀によれば「さき、ねるぞ!」といって、2秒で寝息を立てていたそうです。

 今朝は、朝一番で、早紀が、先乗り。
 買ってきたフルーツを食す。
本来は、付き添いも2時からしかダメですが、回診の先生が「通訳としていていいよ。」といってくれたみたいで、ずっと付き添ってました。

 その間に行われたこと。
 歩行練習 20〜30mくらい。筋肉が弱っていて、立つって、どうやってやるんだっけ、赤ちゃんが初めて立つような感じだったそうです。
 知能テスト? 立方体の絵を模写する。5つのことばを覚えていう。数分後にまた思いだしていう。100から7づつ引いていく。ランダムに短音を発音するので、aの音になったらテーブルを叩いてください。など。問題なし。

 お昼は、准介があらかじめオーダーしていたBeef Cottage Pie 1/4
 僕が買っていった カッパ巻き2個
 同じくフレンチフライ 5〜6本
 そうめん(? のようなもの) 少々
 サラダ 3口〜4口

 導尿の管を除いてすべてのモニターから解放されています。
 それも、明日にははずしてもらえそうです。
 せん妄からも解放され、頭の痛みも激しいものはなくなったようで、好調です。
 
 僕は、午前中から、洗濯、保険会社への連絡など。
 早紀は、午後、僕と交代してお買い物に。
 准介は、Sandraと街あるきをして、病院へ。

 今回は、保険のことでも、いろんな勉強をしました。
 イギリスは日本と同じ国民皆保険ですが、外国人には適用なし。
 しかし、海外での医療費も、日本の健康保険でカバーされることがわかりました。ありがたいです。クレジット・カード付帯の海外旅行傷害保険もフル稼働させます。
 健康を損ねたときに、大きな経済的な心配をせずに、医療を受けられるというのは、本当にありがたいことだと、改めて実感しました。
 アメリカにおいては、貧乏人の医療費を何で富裕層が負担しなければならないのだ、という保守党支持層による反発で国民皆保険が実現していないというのですから、アメリカの富裕層は、ほんと腐っていますね。
 そんな国の真似をしてはいけません。

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July 17, 2013

弥生 手術後1日目

 昨晩は、Crtical Care Unit(CCU)で過ごした弥生ですが「せん妄」に悩まされたようです。
 
 せん妄とは、何か、については、ここでは記載を控えます。
 おそらくは、麻酔を主原因とする、メンタル面でのいろいろな問題です。

 僕は、朝起きて、CCUは、24時間面会可能だから、朝早く行ってやろう、くらいの気持ちで、午前8時過ぎにCCUへ行き、結果的には、よかったです。

 幸いにして、13時にはCCUから、元いた11 South Wardに移動してもらえ、不愉快を訴えていたベッドも変えてもらい、あとは落ち着きました。そこには、Elizabethも先に入っていて、再会を互いに祝福し合いました。4人部屋で、残りの2名は下町のおばあさん。このふたりが、ずっとバトルしていて、うるさいですが、笑えます。

10時 早紀 おにぎり持参で来てくれる
13時 もとの病棟に移送
14時 准介とサンドラ きてくれる

 朝は、いろいろ大変だった様子の弥生ですが、徐々に元気になり、夕方には元気になりました。

滞在しているFlatには、あと2週間滞在できることを確認できました。
 こちらも、大きな安心です。


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July 16, 2013

弥生の手術 100%成功です!

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ピクニックではない。
病院近くの公園で、今夜の宿泊場所確保のためにやりとり。


みなさま

 弥生が、ロンドン時間の午前9時に手術室に入り、無事、手術を終えました。
 16時に、手術後のすべてのチェックを終えて Critical Care Unit(CCU)に入りました。
 これから24時間は、CCUで経過観察。

 16時30分、担当の、Dr.Ian Colquhounから説明がありました。

 100%成功。術後のチェックも、すべて問題なし。
 ステントは2個入れた。
 2個とも完璧に配置。
 後は、5ヶ月間、血液サラサラ剤を飲み、以後、アスピリンを飲み続ける。
 というのが英国流だが、帰国したら日本のDr.と相談してください。
 前の出血の影響の頭痛や吐き気の様子をみながら、いつ頃、退院できるか、帰国できるかは相談しましょう。
 以上。

 弥生は、麻酔から覚めて、元気もあり
「Dr.に、私からのお礼のことばを伝えて、握手してきて」とのことで、心からの感謝の気持ちを伝えました。

 我々の宿泊も、とりあえず今夜は、昨日までのところに泊まれます。
 明日以降のことは、明日の11時すぎないとわかりませんが、あしたは明日の風が吹く、といえるだけの気持ちの余裕が持てます。

 今夜、息子の彼女のSadraがウイーンから来てくれます。
 
 みなさん 日本から、ロンドンから、オクスフォードから、世界のあちこちから応援や有益な情報提供ありがとうございました!

 心からの感謝を込めて。

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July 15, 2013

明日に向けて準備万端

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 みなさま

 7月14日(日)、本来なら、今日の早朝の飛行機で帰国するはずの日の報告です。

 昨晩は、Wi-Fiがつながらず、13日の報告を朝一番で送りました。
 それから、体操。
 アイスティーを作り、アイスボックスに冷やした果物を入れてFlatを出る。

11時 ピカデリー・サーカスへ ブランチの後
   ある方からアドバイスをいただいたJapan Centre で日本食を仕入。
14時 病院へ
 幸いなことに昨日より、だいぶ具合がよさそうです。
 昨日まであったような、未明から午前にかけての激痛はなかったとのこと。
 一度は吐いたそうですが、それでも、表情は明るかったです。
 
   第一声は
  「今日は、だいぶいい。お腹すいてきた。」でした。
   
   カッパ巻を2貫。
   アボカド巻を1貫。
   玄米のおにぎりを3/4個。
   いなり寿司を約1個。
   ガリをすこし。
   柿を半個。
   そして、伊右衛門のお茶。

 しっかり食べてくれました。
 アドバイスくださったCさんに心から感謝です。

 その後、早紀に髪の毛を梳かしてほしいと要望。
 総じて元気な様子で、明日の手術に向けて、家族もとても前向きな気持ちになりました。

 弥生のイタリアの唄の会の仲間の藤原さんの息子さんが、ロンドン大学の医学部におられるとのことで、今日はわざわざお見舞いにきてくださいました。
 これまで、何とか、家族だけの力でここまで来ましたが、そういう方が、ロンドンにいてくださるというだけでも心強く思います。心から感謝です。

 明日は早朝から手術のため、今日は早く帰って、と本人がいうので、19時に病院を退出。
 途中で食材を仕入れてFlatへ戻り、質素でありながら、例によっていろんな話をしながら、夕食をしました。

 いよいよ、明日(日本時間では今日)が手術です。

 日本時間で、午後5時過ぎからだと思います。
 応援よろしくお願いします。

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July 14, 2013

弥生 息子の手作りおにぎりを食べる

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 病院から最寄り駅へ向かう道 すばらしい好天が続きます。

(親族あてメールより)
 皆さま 
 昨晩は、Wi-Fiがつながらず、ご報告が遅れました。

 弥生と我々の7月13日は、こんな感じです。
 早利は仕事がないので、すこし気持ちに余裕がありました。

 ひとりごとみたいな報告になってしまいますが、お読みください。

6時 准介 全員の溜まった洗濯物を洗う
   早利 ブログ・アップ 調べもの 体操

9時 朝食 12日夜の残り物(中華)
   パックの白米 インスタントの味噌汁

10時 弥生のために おむすび をつくる。塩むすびとのりたま
 准介が「愛をこめて」(談)にぎりました(笑
 早利はアイスティーをつくる(こっちでは「午後の紅茶」みたいな製品見つからず、また、お店でもアイスティーを出す店がない?ため。
 アイス・コーヒーはあるんだが。。

11時 West Field Shopping Centerへ行く
 病院とFlatの間(バスで20分〜30分)あたりにある巨大なショッピング・モール
 弥生のたべそうな食料を買う

 小さなお寿司のパック
 フルーツ・カクテル
 ワッフルなど

 その後、3人別行動とする
 冷たいものを冷たいまま持っていってやりたくアイス・ボックスを探すがみつからず

14時 病院着(早利)
 ベッドサイドへ行っても当初反応なし
 しばらくして目をあける
 午前5時〜8時まで 頭痛と吐き気がしたと訴えてぐったりしている
 毎日、時間が短くなっているよ、と励ましても

 「凝縮された強い痛みで、ぜんぜん、元気がでない。だるい。」といっている。
  熱も37.6度ある。
  下のカフェでもらった氷をおでこにあてる
 「きもちいい」といって目をつむっている。
  持参した紅茶などを飲んでいるうちに
  少しづつ、ほんとうに少しづつしゃべったりするようになる

16時ころ Dr回診
 「具合はどう?」との問いに
 「Bad。。。。」と少しのほほえみ
 
 Dr「大丈夫だよ! スマイルがでるんだから。
   この病気になった人の40%は、病院までたどり着けないんだよ。
   発症してそのまま亡くなっている。
   こうして病院に来られたこと、治療を受けられたこと、
   意識がはっきりしていること 体が動くこと
   全部Luckyだ。
   大丈夫!」
 弥生「でも、この痛みはほんとうにつらいです。」
 Dr「これは、出血が脳を苛んで(Irritate)いるから仕方がない
   最低でも2週間はかかります。徐々によくなるから」
 弥生「こんな状態で手術に耐えられるのでしょうか」
 Dr「問題ないです。僕は、過去も現在もいっぱい同じ病気の患者さん見ているけど、あなたの状態はとてもいい方です」
 弥生「・・・」

16時30分頃 准介と早紀到着
  准介手製のおにぎりを7割方食す

17時 苦しいときに音楽(クラシック)が流れていると楽になるというので准介がラジオを買いにゆく。
 早利は、Shephered Bushの雑貨屋(バスの中から目をつけておいた)まで、アイスボックスを探しに行く。
 早紀がひとりで付き添い。
 ラジオもアイスボックスも購入できた。
18時〜20時 交代で付き添い
20時 看護婦さんに促されて退出 
  弥生は来たときよりは元気
20時30分 病院からHammer Smith駅までの間にあるパブで夕食。
 こちらは10時過ぎまで明るい。
 黄昏れていく夏空の下、屋外で。
 手術後のそれぞれの行動予定について
 過去にいったいろんな外国の町とロンドンの比較
 東京とロンドンの比較
 子どもたちの恋人のはなし
 自民党の憲法改正草案や各国のアメリカとの付き合い方にについて
 などなど、文字通りの四方山話

 今回のできごとは、大変だし心配だけれど、こうして外国で「生活」といってよいような経験を重ね、家族が濃密な時間を過ごすことができたのは、きっと、とても意味があることなんだと思う。
 
 11時過ぎ Flatへ戻る
 予約確認ができているのは、14日(日)まで。
 延泊できるかは15日(月)の午前中にならないとわからないとのこと。

 こういう不安定な立場も、ひとりであれこれ考えていたら、出口がない。
 家族と「どうしようか」と話せることがありがたいです。

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July 13, 2013

術式の説明(新聞記事)

 参考までに新聞記事をご紹介します。

 ここに書かれているコイル挿入を省き、ステントだけを入れるのが今回の手術です。

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 発症すると死亡したり後遺症に苦しんだりすることが多いクモ膜下出血。原因となる脳血管の動脈瘤[りゅう]を、外科手術をせず血管の中から導線状の詰め物で治療する「コイル塞栓[そくせん]術」は、こぶの形や大きさによっては、実施できなかったり再治療が増えたりする。難しいケースに対応するため、こぶの入り口にあらかじめ筒状の器具であるステントを留置する、コイルとの併用治療が始まった。専門医は「これまで対応できなかった多くの人に、コイル塞栓術ができるようになるだろう」と期待している。

 脳動脈瘤は破裂するとクモ膜下出血を引き起こす。そこで、脳ドックなどでこぶが見つかると、余命が10~15年以上あり、こぶの大きさが5~7ミリ以上か、5ミリ未満でも脳や神経の症状などがある患者らに対しては、塞栓術か、開頭してこぶの根元を金属製クリップで挟む手術が検討される。

●患者の負担低く

 開頭手術は成功すればほぼ確実に再発を防ぐとされるが、手術の患者への負担が大きい。一方塞栓術は、こぶの中を極細のプラチナ製コイルで埋め、こぶに血液が入らないようにする治療。太ももの付け根などから動脈にカテーテル(細い管)を入れ、この中にコイルを通しこぶまでもっていくため、開頭する必要がない。

 欧米に比べ日本での実施割合は低いが、最近では主な医療機関で行われる脳動脈瘤手術の約4分の1を塞栓術が占めるようになっている。

 従来の塞栓術で難しかったのは、こぶの入り口部分が広い「ワイドネック型」と呼ばれるこぶや、こぶそのものが大きい場合。「治療後も血液がこぶの中に入ったり、コイルの塊がこぶから外に出たりするリスクが高い」と、神戸市立医療センター中央市民病院と先端医療センター(同市)で部長を兼務する坂井信幸医師。治療成績の向上が課題だったという。

●曲がった血管も

 こうした背景で開発されたのが、1月に厚生労働省に承認され、7月上旬に発売されたステント。入り口部分が4ミリ以上、または内径が入り口の2倍未満であるワイドネック型こぶのうち、直径2・5ミリから4ミリの動脈にできた7ミリ以上のものに適用される。

 曲がった血管にも対応するニッケルとチタンの合金製で網目状になっている。カテーテルを使い折り畳んだ状態で患部にもっていき、こぶの入り口をまたぐ形で留置する。その後、網目から従来の方法でコイルを詰めていく。

 坂井さんは「ステントという支えがありコイルが外に出る心配がないので、こぶに思い切って詰めることができる」。再発率も減ることが期待できるという。

●トレーニング必要

 2006年に欧州で、07年には米国で承認。世界約50カ国で使用されている。日本国内では先端医療センターと名古屋大で計15人の患者に臨床試験が行われ、治療は全員で成功してこぶの閉塞[へいそく]率も良好だった。坂井さんによると、うち1人にステントに起因する脳梗塞[こうそく]が起きたが、現在は全員が社会生活を送ることができている。

 ステント併用治療を行えるのは、従来の塞栓術を一定数以上経験した上で新たなトレーニングを受講した医師に限られる。本年度中に80人ほどになる見込みだという。

 坂井さんは「開頭手術と従来の塞栓術が両方できなかった人にも、この治療は成功している。全体では動脈瘤治療の10%くらいに使えるのではないか。ただ、依然として治療できない部位などもあり、こうしたケースに無理に行うようなことはあってはならない」としている。

(熊本日日新聞 2010年8月7日朝刊掲載)


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Informed Consent

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  みなさま

 弥生の発症から明日で1週間です。
 たくさんの暖かい励ましをありがとうございます。

 昨日の夕刻には、回復したと見えた弥生ですが、また未明(3時半頃)から、頭痛と吐き気に苦しめられ、悩まされたようです。相変わらず、本当に苦しかったようです。
 しかし、向かいに、弥生や早紀がRoyal Familyではないかと噂する品のよい、その名も Elizabeth という初老のご婦人がおり、夜中に、小さな音でクラシック音楽を流してくれていたそうで、それに癒やされたといっていました。午前9時過ぎに、ようやく口を聞けるようになって、英語でお礼をいったそうです。

 午前中に病院から呼び出しがあり、Ian Colquhounさんから、informed consent の手続きがありました。ここ数年、自分の両親、弥生の両親のことで、何度もしてきていることですが、つらいものです。

 これまで書いたことと重複しますが、以下に要約します。

・出血箇所は右目の後ろあたりにある動脈が枝分かれしている箇所
・そのあたりの血管が、瘤になってはいないが、幅広く、やや膨らんだ状態になっている。イメージとしては靴擦れによって、皮膚がぷっくりとしてしまった感じが近い。
・これを放置すれば、時期はともかく再出血の危険が50%くらいある。
・そこで、ステントを挿入して血液が、ふくらんだ箇所に行かないようにコントロールすることができるとよい。
・ただし、ステントの挿入の手術にはリスクがある。
 それを告知された上で、手術に同意するかどうかを、自分の意思で判断して欲しい。
・リスク1は、術中に、膨満箇所から出血してしまう可能性。
 動脈瘤にコイルを埋め込む手術の場合のリスクは、統計的には10%だが、弥生のような症例では10〜20%。
 血液がステントと触れると凝固しやすくなるので、手術前に、血液の凝固を抑制する薬を服用する。そのため、万一、出血すると、血が止まりにくいという危険もある。
・リスク2は、カテーテル挿入箇所に障害が起きること。これは、1%くらい。

 以上を理解した上で、手術を受けることに同意するならば、署名してください、といわれて、弥生自身が、しっかり署名しました。

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 保険会社と支払いに関する確認も取れたとのこと。

 手術はイギリス時間の

 7月15日(月)午前9時頃(東京時間は17時)

 から行われる予定です。
 手術時間は4時間程度。
 術後24時間は集中治療室に入りますが、面会等は可能です。

 なお、予後についても説明がありました。
 時によって説明者が変わるので、内容も微妙に?ちがいます。

 まず、短期的なことですが、これがイギリス国内の患者であれば、手術後、2週間はCharing Cross Hospital に入院、その後、別の病院に転院して様子見をして、大丈夫そうなら退院、という流れと思う、とのこと。ただし、弥生のような症例は、非常に珍しいので、術後、定期的にMRIを撮って、全体会議で討議し、対応を決めてゆくことになるであろう、とのこと。
 あと血液の凝固を抑制(サラサラに)する薬は、特別なものを半年、その後は、アスピリンを生涯、飲み続けることにはなるであろうとのこと。もっとも、これは帰国後に、相談すべきことです。

 今朝も、未明から午前まで、頭痛と吐き気に悩まされた弥生ですが、午後には、だいぶよくなって、リンゴ、オレンジ、スコーン、ツナサラダ、アイスティーなどを飲み、早紀や准介と、まわりの患者さんをとりまく人間関係について、想像をたくましくして、いろいろ会話しています。
 また、英語でしっかり要求を伝えることができるようになるなど、英語力の増進はすばらしいものがあります(笑)。

「私は、雅一の血が入っているだけに、Dr.や看護師さんたちに何かおもしろいことを言わなくちゃ、と考えてしまうけど、それだけの英語がしゃべれないのが悔しい」といっています。

 早利は昨日から、子どもたちは今日から、入院患者の付き添い者のために用意された貸室(Studio Flat)
 
Clement Danes House

に泊まることになりました。

 ここは、病院スタッフ用の宿舎で、一部が、我々のような患者の家族のために提供されています。なまじなホテルより広く、清潔で、小さなキッチンも用意され、24時間使えるコインランドリーもあります。
 
 中華のテイクアウトで、家族3人で遅い夕食を食べました。

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July 12, 2013

未明から集中豪雨 のち晴れ

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↑ 病院の最寄り駅Hammer Smithのスーパー・マーケット入り口にて

 皆さま

 昨日、随分よくなったかにみえた弥生ですが、今日は午前4時から激痛と嘔吐に苛まれ、あまりの具合の悪さに、再出血したにちがいないと本人が考え、ナースに訴え続けたところ、再度、CTを撮ることになりました。
 といっても、これは面会させてもらえない午前中にあったことであり、弥生から後で聞いたことです。

 2時に病院へ行くと、弥生がベッドごと不在で、ナースに聞いたところ、CTの撮影に行ったとのことでした。

 いまさら何のために、と思いましたが、その訳は上記のようなことでした。

 不安に思いながら、いつものパブへ戻り、保険会社とのやりとりや事務所とのメールのやりとりなどをして、4時過ぎに再度、病室を訪れると、戻ってきていました。

 相前後して、手術の説明や事務手続きについて、担当職員(モハメッド・アラッドさん)が来て説明しようとするので

「手術どころではない、妻は再出血したと訴えている」

 といったところ、すぐに医師を呼んできてCTの解析をしてくれました。

 結果は問題なし。再出血はなし。脳内に広がった出血は、減っている。

 それから、しばらく、質疑をしましたので、その概要を記します。

 問題を過去のことと、これからのことに分けましょう。

(過去のこと)
Q1 今回の出血は、どこからどの程度あったのか。
A1 脳の下の方の動脈が枝分かれする部分から、5段階でいうと2段階めくらい。出血は止まっているし、でてしまった血液も消えて行きつつある。

Q2 頭痛・吐き気の原因は。
A2 出血が脳全体に回っている。
  脳の下部での出血で、これはめずらしいことである。
  おそらく、飛行機の中での出血であったことが影響している。
  血液は、出血すると脳を刺激し、激痛や吐き気をもたらす。

Q3 本日、再出血したと本人がいうほど激しい症状を起こした理由は。
  出血した血液が脳内を循環している。そして、もっとも敏感なところを通過したものと思われる。
  CTでは再出血はないし、一過性と考えてよい。
  痛みと嘔吐感については、波があるが、全体としてはよくなっていく。
  発症から3週間程度はきついものだ。

(将来のこと)
Q4 手術する場所・位置・数は
A4 1箇所 出血箇所付近と思われる血管の変形が見られるところ

Q5 挿入するステントは何個か
A5 1個

Q6 局所麻酔か全身麻酔か
A6 全身麻酔

Q7 食事をほとんど取っていないが大丈夫か
A7 点滴で十分な水分と栄養を取っているので手術には問題ない。
  しかし、経口栄養の摂取が、快復を早めることは期待できるので、すこしづつでも食べるようにすることを勧める。

Q8 手術後、帰国時も頭痛がある可能性は
A7 否定はできない。

 というようなところです。

 幸いなことに、上記のやりとり以後は、具合が好転し、今日は、病院が出してくれる夕食にも少し口をつけました。昨日のフルーツに続いて、じゃがいも、豆、マフィン、紅茶など。

 その後、保険会社と病院の間で、費用負担についても話がついたようで(保険会社から連絡があった)、手術は、予定どおり次の月曜日に行われそうです。

 皆さん 日本から、気を送ってやって下さい!

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July 11, 2013

期せずしてノマド

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↑ 写真の飲み物は、Ginger Beerというもので、これはノンアルコールのダイエット版(アルコール入りもある)。ショウガがしっかり入っていて、体がぽかぽかしてきます。
 
 Charing Cross Hospitalの中は、Wi-Fiが通じないので、近くを徘徊して、一番電波が強くて、居心地のよいパブを見つけました。
 日中は、時々、そこへ行って、いろんな連絡をしたりしています。

 持参しているMacBookAir、iPadmini、iPhone、現地で20£で購入した通話用携帯。
 
 落ち着いてからの1日はだいたい

 朝4時〜6時くらい 自然に目が覚める すぐメールチェック 返事など
 午前中 病院で通訳しなければならない場合は、8時過ぎに病院へ
 その必要がない場合には、保険会社とのやりとりやら、宿泊場所の確保など
 お昼過ぎに病院へ 付き添い
 妻が落ち着いて寝ているときは、Day Roomで読書
 2時間に1度くらい、電波が通じるところまでいってメールチェック
 20時30分 病院から退出 
 夕食 
 帰ってから、親族への報告やブログ・アップ
 シャワーして就寝が12時頃

 こんな感じ。

 いろいろ考えることがあります。
 それは、またの機会に。

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遠くに光が見えてきました

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 7月10日(水)

 引き続き親族あてメールを引用してご報告します。

 (引用はじめ)
 今日の弥生は午後3時頃までは、相変わらず頭痛や吐き気を訴えていました。
 その後、16時にMRIの検査に行きました。

 帰ってきてから、頭痛が軽くなったようで、果物がたべたいといって、早紀が買ってきたフルーツを食べました。発症後、はじめての固形物の摂取です。

 その前後から、会話も多くなり、帰る頃には「頭痛はあまりない」といっていました。
 先日から書いているとおり、山あり谷ありですが、その波は、すこしづつ右肩あがりになっていると感じます。

 午後5時過ぎに医師から治療計画の概要の説明がありました。

 15日(月) ステント挿入手術
 18日(木)〜19日(金)あたり 退院
 英国内で静養
 22日(月) あたり 帰国

 これは英国基準ですから、退院や帰国の日程は、弥生の様子をみながら、無理のないように決めていきたいと思っています。

 帰国時にも頭痛は完全には消えていないだろうとのことでした。
 6日の出血が脳内に拡散しているので、それが消え去るまで3週間くらいはかかるだろうとのこと。

 頭痛のことは気の毒ですが、希望の光が見えてきました。

(引用おわり)

 写真をお見せしたり、この経験を通じて見たこと感じたこと、いろいろ書きたいのですが、今日は、疲れてしまったので、またの機会に。到着から、ずっと、がんばってくれた子どもたちも、もう寝息を立てています(ロンドン時間 22時)

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July 10, 2013

一歩前進

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みなさま

 本日、午前にカテーテル挿入により脳の血管造影が実施されました。
 朝一番、8時半に連れて行かれてしまい、僕は見送りもできませんでした。
 局所麻酔で、行われたそうで、医師のやりとりが聞こえていたそうです。

 最終的な方針決定は、明日の全体会議で行われるとのことですが、とりあえずの所感としていわれたことは

1 とりあえず、破裂の危険のある動脈瘤はみつからなかった。

2 ただし、血管が少しふくらんでいる箇所が数個みつかった。
  瘤というほどのものでなく、危険なものになるかどうかは未知。

3 動脈瘤であれば、その中に、プラチナのコイルを押し込んで、瘤を埋めてしまうという治療ができるが、単なる盛り上がりではそれができない。

4 かとって、血管の盛り上がりを放置しておくのは気になる。
  そこで、その部分にステント(金属製の中空の管)を挿入して、ふくらみ部分が育つのを阻止する治療をした方がよい気がする。

5 そのことも含めて明日の全体会議で決める。

6 ステント挿入をするとすれば、2〜3日中の実施する。

 以上です。
 開頭手術はしなくてすみそうです。

 6日の出血の後遺症の頭痛と吐き気はまだ続いており、本人は「なんとかしてくれ」といいますが、これは、せいぜい痛みと吐き気のコントロールができるくらいで、時間が薬、ということのようです。

 14時50分頃、准介と早紀が、空港から病院へ直接来てくれました。
 
 いまは、早紀が付き添い、僕と准介はいったんホテルに戻ったところです。
 付き添い時間の終わりである8時半に、早紀を病院へ迎えにいきます。

 以上、7月9日のご報告でした。

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July 09, 2013

晴天の霹靂とはこういうこと

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 妻と英国を旅行する予定が、とんでもないことになった。
 こういうことを、ブログに記すのはどうかと思う気持ちもあるが、これは僕の人生のアーカイブ。
 記録することにする。

 以下、親族宛のメールを加工して記載します。

2013年7月6日(土)

 みなさま

 休日の朝からすいません。
 弥生が、ロンドン行きの機中で、くも膜下出血を起こし、空港からそのまま、ロンドン市内の病院に入院しました。

 意識はあり、言語障害、身体障害は起こしておらず、生命に別状はありません。ただ、ひたすら「頭が痛い」「吐き気がする」ということを繰り返しいっています。

 病院は、まず空港近くのHilington Hospitalという病院は運ばれ、そこで、脳内の出血が確認されたため、英国内でも最も優れているといわれている(関係者が全員そういいますし、Drたちも自負しているようです)Charing Cross Hospitalという病院へ転送されました。

 医師の検査に、拙い通訳を兼ねて立ち会っていますが

 意識はある
 意識障害はない(どこにいるか、誰がだれか、誕生日などすべていえる)
 手を握る、足を曲げるなどの動作はすべてできる
 時間を追って、症状が悪くなっているわけではない

 というようなことで、不幸中の幸い、現時点で命に別状はないし、重篤な障害も認められないということです。

 ただ、再出血すると危険なので、ずっとICUで24時間監視をして、追って(月曜日?)カテーテルを入れて、造影剤で出血部位を確認し、動脈瘤などがあり、処置可能な場所であれば、その場で処置してしまうとのことです。ただし、部位によっては、開頭手術もありうるとのこと。少なくとも2週間はこちらにいなくてはならないそうです。

 経緯を説明します。
 7月6日〜14日まで、英国を旅行する予定で、6日早朝、羽田を発ちました。
 機内の席のならびが変だったので、英国人のご夫婦を並びにしてあげて、僕と弥生は、少し離れた席になり、機中の様子は、あまりよくわかりません。ただ、食事はたべていたし、トイレに立ったときに、手を振っていたし、隣の英国人の女性とも話をしていて、僕はおかしな様子には、ぜんぜん気づきませんでした。
 ヒースロー空港について、降りる準備をしていたら「近藤弥生様のご家族の方、すぐにスタッフに声をかけてください!」というアナウンスがあり、駆けつけると、弥生が、トイレの前の床に横たわっており、大勢の人がまわりを取り囲んで、応急処置をしていました。日本人女性で姉妹?と思われる医師がいて、その方が、いろいろ看てくれていました。
 スタッフの話では、トイレに入ったまま出てこない人がいるので、外から無理に開けたところ、トイレの中で倒れていたとのことでした。以上が10時前後のことです。
 弥生は、お父さんが、くも膜下出血を起こしたことがある、ということ、後頭部が激しく痛い、吐き気がする、寒気がする、ということをいっていたようです。
 倒れていたときより、時間が経ってからの方が徐々に安定したらしく、日本人女性の医師の方は「一時は、最悪の事態を心配しましたが、大丈夫そうですよ!」といって降りて行かれました。
 HilingtonのDr.も、CharingのDr.も、血がどんどんでている訳ではなさそうだとといっています。
 頭痛と吐き気は、出血した血が、そういう反応を引き起こす物質を含んでいるのだそうで、何か、悪い部位がどこかを圧迫しているとか、そういうことではないそうです。

 こちらは現在23時前。
 慣れぬことの連続でもあり、疲れましたが、病院の近くにホテルをとり、メールしています。

 2週間を長期戦というかどうかは別にして、外国で、ホテル暮らしでひとりで看病というのも大変そうなので、准介にきてくれるようにいいました。早紀も、来るようです。

 ご心配は尽きないと思いますが、定期的に、毎日、必ずメールで報告します。
 メールにも個別のお返事ができるかどうかわかりません。
 電話など頂いても、十分な対応をできる自信がないので、まずは、定期報告をお待ち頂ければありがたいです。

 なお、こちらで、事務所の弁護士のNさんとご主人のKさんに、いろいろお世話になっています。本当に助かりました。

 いろいろ、ご心配かけてすいません。
 また、連絡します。


7月7日(日)

(その1)
今日は昨日より、相当具合がいいです^_^
はっきり会話できるし、少し眠れたよう。
病院正面です。

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ダメな患者がタバコ吸ってたむろってます。いずこも同じ^_^;
まだ正式面会時間でなく追い出されました。空いた時間に、保険請求手続など着着と進めています。

(その2)
 みなさま 現在、こちら午後の9時半です。

 今朝は、昨日に比べてとても具合のよさそうだった弥生ですが
 相変わらず、頭が痛いようです。
 痛みの位置が、後頭部から少し上に上がってきた、といっています。

 カテーテルによる血管造影は、明日8日に行われる予定です。
 ただし、今日は日曜日のため、正式には明日の朝8時の会議で決定されるとのこと。
 面会時間は、午後2時からですが、通訳・立会人として、明日は8時過ぎから待機している予定です。

 ロンドンにいる人たちは「暑い」といっていますが、東京から来た我が身には、とても快適な気候。早く弥生をICUから出して、外を散歩させてあげたいです。


7月8日(月)
 皆様

 7月8日の10時49分です。
 今日は、前半はひどくつらく、後半は少し明るくなれる日でした。

 昨日
《カテーテルによる血管造影は、明日8日に行われる予定です。
 ただし、今日は日曜日のため、正式には明日の朝8時の会議で決定されるとのこと。
 面会時間は、午後2時からですが、通訳・立会人として、明日は8時過ぎから待機している予定です。》

 と報告しました。

 それで、8時半過ぎから、ずっと待機しましたが、待てど暮らせど連絡がありません。
 何度、看護師に問い合わせても「Drたちは、全患者を見て回っているから待て」の一点張りでした。
 午後2時までは、面会禁止なので、ずっと、デイルームで待機しなければいけないのですが、たまに弥生を見に行くと

 「昨日より具合が悪くなった」「頭が痛い、吐き気がする」「眠れない」「苦しい」と言い続けます。

 その様子がかわいそうで、待たされるいらだち、再出血したらどうしよう(あるいは、しているのではないか)という不安などで、お昼過ぎには、こちらもぐったりしてしまいました。

 午後3時頃、たまたま廊下で、初日に丁寧に説明してくれたクリス・カレットというDrに会ったところ、彼も僕のことを覚えていてくれて

「CTの結果を、みんなで見たけど、動脈瘤はなさそう。
 でも、より検査結果の精度を上げるために、カテーテルで造影剤を入れて見る。」

 と話してくれました。

 余談ですが、この際「CT検査の結果はネガティブ」といわれたので、どきっとしました。これは正確にいうと「動脈瘤があるかどうか、といえば否定的(動脈瘤はないんじゃないか)」という意味ですが、ネガティブといえば、日本では「よくない」語感があるので。

「カテーテルをやるというのは、前から聞いている。すぐにもやって欲しい。そして、妻もそれを一刻も早くして欲しいと言っている。知りたいのは、それをするかどうか、じゃなくて、いつやるか。いつやってくれますか。今日じゃない?」

といったところ、

「うーん、たぶん、明日かな。緊急性を要する人が沢山いるから」とのことでした。
 ということは、弥生は、まだ軽いから後回しにされているんだと、考えることにしました。

 その頃、弥生にはモルヒネを含め、いろいろ投薬がされていたらしく、少し眠れて、それから、かなり具合がよくなりました。

 これまで、食事はほとんど食べられなかったのですが、今日は、具合がよくなってから、ジュースを飲みました。発症後、ほとんど初めての経口栄養摂取だと思います。

 その後、頭痛もかなり楽になり、吐き気はほとんどない、といっていました。
 お母さんの時もそうだったけど、病状というのは、上がり下がりしながら少しづつよくなっていくもの、そして、本格的回復期に入ったら、ぐんぐんよくなっていくもの。いまは、まだ初期段階も初期段階、あまり多くを求めないことにしなければ。

 その後、カレットDrとの話が効いたのか、手術のコーディネーターという人がきて、正式に、手術内容を説明し、僕が翻訳し、弥生自身が同意書にサインしました。

 明日は、おそらく午前にカテーテルを用いた検査が始まります。
 特に重篤なものが見つからない限りは検査だけ、その結果を10日(水)に、全体会議で検討し、その後の方針を決定するそうです。

 ふぅ。すこし気が楽になりました。
 なお、最初の2日を過ごした、スーツケースを開けるのも苦労する小さなホテルから、今日は、自然史博物館の前の、ちょっといいホテルに移ることができました。

 明日は、准介と早紀がやってきます。
 
 また、報告します。
 
 きれいな病院です。
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