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October 29, 2013

高峰秀子さんの『私のインタヴュー』

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 高峰秀子さんはすごい。尊敬しています。
 彼女の本は、ぜんぶ読む価値がある。

 小学校に上がる前から女優として活躍したがゆえに、学校にはろくに行けなかった。
 でも、ある先生の配慮で「読書」を習慣とするようになり、仕事の待ち時間や移動中に本を読み継ぎ、後に彼女は、名エッセイストとなる。

 絶版になっていた『私のインタヴュー』が復刻されました。
 彼女が、市井のさまざまな女性にインタヴューし「婦人公論」に1年間連載されたもの。

 実は、まだ中身は読んでいないのですが、前書きだけで、もう満足。
 
 以下、前書きの一部の引用です。

《私は映画を作ること自体はきらいではないが映画界のもつ「ふんいき」にはいつまでたってもなじめなく好感がもてなかった。二十歳頃、自分のいる場所を意識して以来というもの、いつも女優ではないもう一人の私が体のどこかにひそんでいて、私にいろいろな言葉をささやいた。甘ったれるナ、自分を見失うな、つまらん妥協をするな、そしてこんな世界を飛びだせ、と。中には調子よく女優をやっていくのには邪魔っ気な言葉もあった。しかし、私はそんなもう一人の自分の方が好きだった。》

 映画を作ることを「弁護士の仕事」に、映画界を「法曹界」に、二十歳を「三十歳」に、女優を「弁護士」に変えたら、もう、そのまんま私の思いです。

 一度でいいからお目にかかりたかった。

 この本を、そして高峰秀子さんのその他の本を、ぜひ皆さん読んでください。

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October 27, 2013

父七回忌 こころに風を通さねば

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 なんだか細々としたことがらがスケジュールをびっしり埋めている。
 加えて報道されることが、気鬱なことばかり。
 
 そんな中、19日は父の七回忌法要。
 午前4時に家族4人で車で出発。中央高速をひた走り、8時半に母のいる「こころの丘」に到着。
 早すぎるので近くのパン屋さん「シャトー・ド・アキコ」へ。
 兄の教え子であるアキコさんは、フランスでパン作りの修行をしてきた方。
 こんな鄙において、このレベルのパンが食べられるなんて。本当に、日本の食のレベルはすごい。

 9時半 介護タクシーお迎え
 10時半 読経開始 
  父母の自宅の仏間で読経はたっぷり1時間あった。
  ありがたくも、多くの人が正座に苦しむ。
 それから墓参り。会食。
 従兄の和行さんが、食事制限なしに、ウオーキングだけで15キロ痩せられた話。
 従姉の息子のY君が公務員として苦労されている話。
 富久町の従兄夫婦がバブル期の地上げから25年、町の再開発が成就しそうな話。
 
 それから父の残した不動産の扱いについて次兄夫妻と打合せ。
 16時過ぎ帰路に着く。息子と娘をそれぞれの住まいに送り届けて夜10時過ぎに帰宅。
 さすがに日帰りは疲れる。

 父を偲んでしみじみと過ごしたい1日だったが、心にすきまがなくて、なんだか雑念にとらわれてばかり。

 もっとこころに風を通さねば。

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October 15, 2013

脱原発論に与しきれない理由

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 小さいとき親戚で一番インテリと目されていた「岐阜のおじさん」こと、大叔父の伊藤健吉さんのお宅へ伺った際、原子力のすごさを教えて頂いた。

「こんな握り拳くらいのウランでな、車を何十年も走らせることができる。いまは、その技術がないけど、いずれそうなる。そうなったら石油がなくなるという心配もなくなる。」そう聞かされた。

 よく言われることだが、鉄腕アトムもスーパージェッターも鉄人28号も原子力に頼っていて、原子力は夢のエネルギーだと信じていた。そういえば、友人の家は寒天製造業で、天草をゆでる燃料費がかかってしょうがないから、将来は、燃料を原子力にするんだ、といっていた。いま書けば、笑い話のようだが、当時はみなまじめにそう語っていた。僕たちの世代は、まさしく「アトムの子」なのだ。

 そんな気持ちは、大学生のころ、どんどん衰退していった。
 広瀬隆さんの『東京に原発を!』読んで、確かに原発には負の面があることはまちがいないと思った。
 忌野清志郎が、ラブミーテンダーのメロディーに乗せて「なにやってんだ、ふざけんじゃねえ、核などいらねえ」と唄った時にも、共感した。

 原発推進派がダメだと決定的に思ったのは、司法修習生のときの旅行で東海村へ行ったときのことだった。説明があまりにきれいごとすぎて「絶対100%安全」を強調されて白けてしまった。世の中に100%ということはありえないという、当たり前のことがわからない人たちが管理しているのを知って、絶望した。我が国は、神国だから神風が吹いて必ず勝利する、といっているのと同じだと。

 案の定、数年後には、ありえないような事故が起きた。

 そしてフクシマの事故が起きた。

 だから、僕は原発推進論に賛成はできない。
 正直にいえば「再稼働容認=原発立国以外にわが国の生きる道はない」という権力側の人たちには吐き気がする。

 しかし、僕は脱原発派の論調にも与しきれないでいる。
 原発反対はいいんだけど、即時全面撤退とした場合に、石油の高騰・輸入の停止になった場合の備えがぜんぜんないじゃまずいだろう。

 推進論と撤退論の間に、まともな大人の対話を成立させないと、どういう形にせよ破局が待っていると思う。即時全面撤退論は、かつての「絶対安全論」の裏返しにすぎないのではないか、という思いを否定しきれない。

 推進派のいうとおりに進めれば、廃棄物処理の問題で生きずまり、それ以前に反対派の原発テロが起きるのは必至であるように思われる。
 かといって、原発の稼働を全面的に禁止しているなかで、中東情勢がむちゃくちゃになって石油価格が高騰し、あるいは禁輸というようなことになったら、我が国は現状維持も不可能な壊滅的な打撃を受けるだろう。

 我が国が生きて行く道は両方の間にあるはずだと思うのだが、こういう中途半端な意見は、まったく一般受けはしない。

 50年かかってできた体制は、すぐには変わらない。
 けど何もしなければ何も変わらない。
 変えなければいけないけれど、そのためには、それなりの時間をかけて、さまざまなリスクをヘッジしながら進めなければならないだろう。

『震災ゴジラ! 戦後は破局へと回帰する』

 この本を読みながら、考えたことを書きました。

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October 02, 2013

虹 通夜 志

 依頼者のNさんがお亡くなりになった。
 北綾瀬での通夜にうかがった。

 はじめて知ったのだが、綾瀬と北綾瀬の間は、電車が行ったり来たりしているんですね。
 こういう言い方ではわからないか。
 千代田線は常磐線と相互乗り入れしていて、綾瀬から松戸の方へ向かう。
 北綾瀬は、取り残されて、綾瀬から一駅だけ、盲腸のように伸びている線の先にある。

 綾瀬の駅では、猛烈な天気雨に襲われ、その後、0番線で北綾瀬行きの電車を待っていると虹が。

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 ずいぶん待たされて、しかし、これが人間にとっては自然な待たされ方かな、と思っていた。
 北綾瀬から斎場に向かう途中、雲が美しい。

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 会場には故人が、この夏に、音楽仲間と演奏されたステージを収録したビデオが流れていた。
 沢田研二のTOKIO。
 お顔を拝見して、ご焼香して、奥様、お嬢さんたちと言葉を交わして斎場を後にする。
 
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 今日は、妻も家にいないので北綾瀬の駅前の居酒屋にふらりとよる。
 これが意外や(失礼)、いい仕事をしている。
 きゅうり一つとっても、手をかけていて。
 これは大学時代によく行った国立の「イタリア小僧」のサラダについてくるきゅうりと同じ。

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 厚揚げを頼めば、その場で、絹ごし豆腐を揚げてくれる。
 切った上で揚げてくれるから、立方体のすべての面がこんがりときつね色になっている。

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 こういう志のある店を大切にしたい。

 黙って呑みながら、頂いた「御会葬御礼」のはがきをあける。
 よくある決まり文句ではなく、ご家族で考えて記された言葉が書かれていた。

 今年の8月にはライブで演奏されるほどお元気であったとのこと。
 心からご冥福をお祈りいたします。


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